第32話 マナの教師

 仲の悪いエレノアとマナ。

 俺をはさんでとにかく言い合いをする。

 彼女らの優れた容姿も合わさって、周囲の視線が多く集まっていた。


「あの子ら可愛すぎじゃね?」


「え、外人? 日本人じゃないよな」


「あんな日本人見たことねえ……美人過ぎだろ」


 俺は俺で多くの人たちから見られていたのだが……それはきっと「羨ましい」という視線であろう。

 憎しみがこもったその目つき。

 俺は苦笑いをしつつも周囲の目を無視して歩いて行く。

 気にし過ぎても仕方ないしな。


「ほら、喧嘩ばかりするな。そろそろ到着するぞ」


「喧嘩をしているのではない。こやつが突っかかってくるのじゃ」


「突っかかってくるのはそっちじゃないか。と言うか、蒼馬から離れなよ」


 マナが俺と腕を組んでいるのを見て、エレノアが激怒する。


「ふん。何故離さなければいけんのじゃ。貴様には関係なかろう」


「蒼馬は責任を取ってボクと結婚するんだ」


「しないし。結婚しないし」


「ほれ。蒼馬も結婚しないと言っておるではないか。やはりおぬしの妄言であったようじゃな」


 エレノアがプクーッと頬を膨らませる。

 

「蒼馬! ちゃんと責任は取ってもらうからね!」


「責任って言っても……あ、それより到着したぞ」


「あ、話逸らしたな。この件に関してはいずれちゃんと話し合いさせてもらうからね」


 俺はヤレヤレとため息をつき、目の前の建物を見上げる。

 それはこの間モモと来た映画館のあるビル。

 今日は二人と映画を見ようと考えてここに来た。


 映画なら喧嘩もできないし、運動をするわけじゃないし悪くないだろう。


 映画という物をエレノアはなんとなく把握しているらしいが、しかしマナは全然ピンと来ていないようだ。


「で、映画とはどんなものなのじゃ?」


「ほら。あそこに映像が流れているだろ?」


「ああ……あれはテレビじゃろ? 余をバカにするではないわ。もうこの世界のことはしっかりと学習済むなのじゃ」


 マナは胸を張っているのだが……だったら映画のことも分かるだろ。


「ま、テレビみたいなものだよ、映画は。あの画面より何倍も大きいスクリーンで見るんだ」


「何倍もデカいじゃと……」


「そんなに大きいんだ」


 エレノアとマナはそれぞろ映画館のスクリーンを想像しているらしく、何故かゴクリと固唾を飲み込む。


 実際見たら驚くのだろうか、それともガッカリするのだろうか。

 その反応が今から楽しみだ。


「おやおや、マナ様ではありませんか」


「んん? ああ、テクロス。おぬしもこちらに来ておったのか」


 マナに声をかけてきた男性……

 彼は俺たちの背後からにこやかにと笑いながら近づいて来た。


 金色の長髪にサングラス姿。

 服装は紳士服を着ており……怪しいわりにはしっかりしているような印象。

 年齢はおそらく二十代ぐらい。

 人相も悪くなく話をしやすそうな印象だが……エレノアは悪い人を見たかのように顔を歪める。


「テクロス……」


「あれえ? 勇者までいらっしゃるんですね」


「ああ。蒼馬を説得するつもりだったのだが、何故かこやつまでついて回ってきての」


「ついて回ってるのはそっちだろ」


「だから喧嘩は止めろって。で、マナ。こいつは?」


 エレノアの事を勇者なんて呼んでるぐらいだし、普通に考えて二人と一緒の世界から来たのだろうけれど。


「こやつはテクロス。我らと同じ魔族であり、そして余の魔術の教師でもある」


「教師?」


「ええ。私がマナ様に魔術の手ほどきをいたしました」


「ふーん」


 見た目は強そうには見えないが……マナに教えるぐらいなら、それなりの実力者ってことか。


「こやつも中々のものじゃぞ。ちなみに誘惑の術はテクロスの術を応用して習得したのじゃ」


「ああ。あの効かなかったやつか」


「それを言うな!」


 テクロスがニコリと笑いながら手を差し伸べてくる。

 俺もニコリと笑顔を返してテクロスと握手する。


「……なるほど。全く通用しないようですね」


「? 今何かしたのか?」


「ははは。それが全く通用していない証拠ですよ。それなりの相手になら、今のでこちらの意のままに操れるぐらいですから」


「操るか……」


 テクロスは俺から手を放し、ニコニコ笑顔を浮かべている。

 俺はここ最近の、人を操って俺を襲う相手のことを思い出し、テクロスに訊ねてみた。


「なあ、他に人を操る能力を持つ奴を知らないか?」


「他の操る者ですか?」


「ああ。ちょっと最近トラブル続きでさ、人を操る能力者らしいんだよ」


「なるほど……ですが、残念ながら私は自分以外に人を操る能力に長けている物を知りません」


「そっか」


「何度かおぬしを襲って来ておる奴の事か」


「ああ」


「……そしてトイレを破壊した奴じゃの」


 マナは羞恥心と怒りを同時に表情に滲ませ、どこか遠くを睨み付ける。


「では私はそろそろ。マナ様。私はいつでも力を貸す準備はできていますので」


「うむ。分かった」


 俺たちに一礼し、テクロスはこの場を去って行った。


「で、力を貸すってなんだ?」


「もちろん、おぬしを懐柔することに決まっておる」


「……何があっても俺は行かないぞ」


 俺は呆れながらも二人を促し映画館の方へと歩き出す。

 頼むからそろそろ諦めてくれないかな、なんて俺は淡い希望を抱くが……そう上手く引いてくれるわけないよな。

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