Day8 金木犀

 金木犀を庭に植えている東洋人がいた。ドリィはまだ八つかそこらだった。かたちは銀木犀に似ていて、花は黄色く、いい香りがした。彼は、庭木の剪定をしていた男に、庭に植えたいから種をくれとせがんでみた。男言わく、その木は実を付けないそうだ。

「こいつには雄株しかないんだよ」庭師は少し寂しそうに言った。「自分で殖えることはできないんだ。だから、この花は綺麗なのかもな」

「どういうこと?」ドリィは聞いた。

「綺麗なら、人間が殖やしたくなるだろう?」そして、つぶやくように付け足した。「こいつの花言葉は『誘惑』だ」

 家に帰って、ドリィは図鑑を開いた。金木犀が、日本という国で一面に咲く様子を眺めた。あの、東洋のちっぽけな島国の人々は、この花にすっかり操られているらしい。しかし、金木犀も生きねばならないのだ。ドリィは、こんなにも死に近しいものが、今、力強く存在していることに圧倒された。自分もこうあらねばならないと思った。たったひとつの樹木の在り方が、その後の彼の人生を決定した。彼は死にたくなかった。死にたくなかったのだ。

 とある十一月のことだった。


 ずっと後に、彼にとって重要な、もう一つの出会いがあった。その頃には、ドリィは自らの年齢を数えるのをやめていた。有限なものは、いつか数え終わってしまう。永い時を生きてはいたが、彼はまだ明日を信じていなかった。ただ一日いちにち、訪れた朝を神に感謝していた。

 それは、サリーの初産だった。彼女の屋敷で、ソニアおばあちゃんが産婆をつとめた。他の『血族』とともに、ドリィもそれに立ち会っていた。深い秋の静寂のなか、冷たい雨が地を打つ音だけが耳に痛かった。

 産声は、響かなかった。生まれてきた子は死産だったのだ。奇妙なことに、また不吉なことに、死因は他殺だった。その胸は穿たれ、大きな血の薔薇が咲いていた。後にハロルドと呼ばれるその子は、刺殺された姿でサリーの胎からあらわれた。不死の一族に不意に訪れた、これ以上なく現実的な終わりの姿だった。それもまた、ドリィの実存を大きく揺るがすこととなった。

 奇しくも、十一月のことだった。

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