Day6 どんぐり
「どんぐりを見せてごらん」
おばあちゃんがそう言った。彼女は誰にとってもおばあちゃんだが、実際に祖母だというわけではなかった。ただ、『血族』の皆がものごころついたときには、彼女はすでにおばあちゃんだった。すべての少年の思い出と、すべての少女の記憶のなかで、彼女は、地下室の暖炉の炎にぱちぱちと照らされ、そのごつごつしたてのひらで髪を撫でてくれる、あらゆるセピアの景色の原風景だった。あらゆる苦さを経験し、あらゆる智慧の源泉であり続けた。そんな彼女がおばあちゃん以外の何者であろう。
コヘレトは、暖炉の上のからからに干からびたどんぐりを手に取った。
「これ?」
「まだそこにあるかい?」
「あるよ、ほら。触ったらなくなっちゃいそうだ」
おばあちゃんが、揺り椅子から立ち上がろうとした。サームズは急いでその手を取った。風みたいに消えそうな弱々しさと、巌のように永遠にそこに在る保証を感じて、不思議な気持ちになった。
「そうかい、まだあるのかい」おばあちゃんが遠い目をした。その瞳の底はあまりに深くて、二人は顔を見合わせて身震いした。「お互い、死に損ないだねえ」
「おばあちゃんは、いつからおばあちゃんなの?」コヘレトは尋ねた。言葉足らずな問いが、思いがけず中心にふれてしまった。
「最初っからさ」そう言って、おばあちゃんはくしゃくしゃに笑う。きっと、本当にそうなんだろう、と双子たちは納得した。
おばあちゃんはサームズの手のひらをぎゅっと握って立ち、そしてコヘレトへも手を伸べた。どんぐりを握ったままの彼のこぶしに触れ、おばあちゃんは続けた。「そいつはね、最初のどんぐりさ。横着な木だと思ったよ。その頃は、栗鼠なんかおらんかったでね、わしがあの毛玉の代わりをしたのさ」
双子は想像した。原初のブナの木と、おばあちゃん。その実を拾って、少しかじって、冬を越すためにいくらかを埋めていた。栗鼠の祖先が誕生するよりも前のこと。それはいったいいつ? 氷河期? 白亜紀?
おばあちゃんは、もしかしたら恐竜を見ているのかしら。そう思うと、コヘレトは興奮した。ただ、それ以上に、おばあちゃんという存在の強度そのものに果てしない畏れを抱いた。あまりに死が遠すぎた。
人は永遠に生きようか、とサームズはつぶやいた。おばあちゃんの手をきゅっと握った。誰か、墓穴を見ずにすむであろうか。
不死と言われる『血族』のなかでも、彼女は別格だった。死者と生者の境界があいまいになる十月を越え、死の世界を踏み荒らした嘲弄者たち。
そう呼ばれる存在が、ときどき生まれてきた。たとえば嫌われ者のジャーヴィス。たとえば静かなドリィ。そして……。
階上がにわかに賑やいだ。リーおじさんたちが到着したのだろうか。コヘレトは駆けだした。おばあちゃんの手にキスを落として、サームズも弟に続いた。サリーおばさんの屋敷には、今、たくさんの不死者たちが集まっている。石棺のにおいに包まれたホールに、ひときわ濃い死の気配をまとった少年がいた。
『十一月の民』、ハロルドだった。
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