Day4 紙飛行機

 紙飛行機が、墜落した。少女が金切り声を上げ、その両親が血相を変えた。

 それは、イリノイ州スプリングフィールドの、このほど字を覚えたばかりのタリィ嬢の作品だった。翼には、クレヨンで「ママ」と書いてあった。力強い線と、不安定な筆跡と、計り知れない愛情でそれは書かれていた。決して、髭の紳士が潜んでいい場所ではなかった。

 しかし、とジャーヴィスは思った。彼としても本意ではないのだ。『血族』たちは彼を疎んで、文字の書かれたものの一切を持とうとしない。小説や詩集はおろか、新聞も、絵本も、請求書も、土地やゴルフ場の権利書さえも!

 そういったすべてが、彼の血肉だった。シェイクスピアが右手であり、ヘミングウェイが左足だった。スタインベックが胸で脈打っていた。キリストの言葉でさえ、書き記されてしまえば彼の一部だった。ジャーヴィスは、アリゾナの禿げ男の愛娘が初めて書いた彼の名前であり、アイダホの老婆が最後の息で書いた愛する者への感謝だった。彼は、ニュージャージーで切られた違反切符であり、ネブラスカのスタジアムの入場券であり、ケンタッキーの火炎瓶に書かれたバーボンのラベルでもあった。もちろん、イリノイ州の少女の紙飛行機も例外ではなかった。

 タリィ嬢は泣きやんでくれただろうか?

 ジャーヴィスは、この世界に数多ある不条理のなかでも、幼い少女にとってのその最初のものになったことを苦く思った。君も『血族』の末席なら、どうか知っておいてほしい。なぜ彼らが文字を厭うのか。

 ジャーヴィスは文字だった。文字そのものだった。

 あらゆる時代の、あらゆる者が書いた、あらゆる種類の文字がジャーヴィスだった。何千年も前、人類が最初の文字を綴ったとき、彼は人知れず産声を上げた。それ以来彼は、文字に住み、文字を生き、文字として暮らした。それを『血族』たちは嫌と言うほど知っていた。

 彼らは、初めての恋文のできばえを書いたそばから聞かされ、違法な帳簿の書き間違いを数字のほうから正され、聖書の朗読中にキリストのイントネーションのくせを教授されていた。双子たちの母マリアが、怒りのあまり聖書ごと彼を燃やそうとしたことは皆の記憶に新しい。

 それでも、彼には役割があった。ずっと、ずっと前から、気が遠くなるほどの過去に、与えられたただ一つの役割が。それが『血族』の召集だった。

「さて」ジャーヴィスはひとりごちた。「十月の鈍重な夜が明ける前に、もう一仕事しますかね」

 髭の紳士が、文字の海に沈んだ。

 次の仕事は、とても大きなものになる予感がしていた。

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