第4話「部長VS生徒会長」その1


 生徒会長、橘六花と付き合ってから1週間。

 これは——長く続いた噂と陰口の空爆期間を乗り越え、精神的にもようやく楽になると思っていた矢先の話だ。


 いつも通り授業をすべてこなした俺は文芸部の部室に向かっていた。


 ―—ガチャ。

 と木製の壊れかけた扉を引き、中に入ると——広がっている光景に俺は溜息をついた。


「……部長」


ふぁんだぁなんだ、木田ひほうへい二等兵?」


 そこには、スカートの中に履いている黒タイツが露わになっているだらしない恰好をした牧城舞花まきしろまいかこと文芸部の部長はポテチを口に含み、ソファーに寝転がりながらいつものようにそう言った。


 何とも思っていない表情。普段のこのボケにはもう慣れていたし、そこにいちいち反論する俺ではないがさすがに堪忍袋の緒が切れる。


「っ——あの、この前言いましたよね? 俺、ここにあるBB弾とか映画とか持って帰ってくださいって」


「ふぇ~~⁇」


 くちゃくちゃと汚い音を響かせて、俺と目すら合わせない部長。ASMRなら許すが——なんてくだらない考えすら浮かばない。

 

 めきめきと血管が音を上げ、もはや殺意の念すら湧いてきたがなんとか自制し、抑え込み、俺は深呼吸をする。


 すぅ、はぁ。すぅ、はぁ。


 結局、殺意の念は消えていないがとりあえず、気持ちは落ち着いた。思わず、壁に張り付いている銃を取ろうとあげた手を下ろし、拳を強く握る。


 そして、ゆっくりと部長の目線の位置まで腰を下げると眉間に一発。


 ―—パチンっ‼‼

 

 まるで銃声のような乾いた音共に「ひゃっ⁉」と高くてちょっとかわいい声が部室に響いた。


「……ったた……な、何するんだ!!」


「そりゃ、部長が俺の言うこと聞かないからですよ」


 デコピンに浸かった人差し指をふっと吹き、上から見下ろした。すると、さすがに怒ったのか「ぐぬぬ……」と声を洩らして、瞬時に壁に取り付けていたはずのハンドガンM92FSを手に取るとリロードして俺に向ける。


「——っちょ、こわっ! 部長!! っエアガンは人に向けちゃダメですよっ!!」


「うるさいうるさい、うるさい!! 上官命令だ!! 甘んじて受け入れろ‼‼」


「んなっ——いくら上官でも部下に銃は向けないです!!」


「いい、そんなのいい!! 貴様の命より、私のおでこの方が大事だ!!」


 必死に叫ぶ部長。


 その姿はさながら抵抗しようとする兵士のよう――――――には見えなかった。背も低い、胸もAカップ(推定)とかなり小さい部長ではどっちかと言うと子供にしか見えない。というか、おでこを真っ赤にして涙目で母親に威嚇する幼稚園生みたいだ。


 つまり、迫力は皆無だった。


「子供のくせに……」


「んなっ————!!」


 ——ギリっ。

 

 気を抜いていたのか、少し本音が漏れる。

 すると、さすがに気に障ったのか本気で引き金に人差し指をかける部長。


 それが目に入って、俺も焦らざる負えない。

 エアガンだが、されどエアガンだ。


 この部室にあるエアガンはより本物っぽい、エアーコッキングのものではなく電動ガンも多い。そんなもので肌にでも当たれば痛いのは確実だ。それに、生憎と今は夏服で露出も多い。


 少しまずったか。


「——ちょっ」


「そ、そそそそそ、その侮辱は‼‼ ——た、大尉に向けての反逆だ! それは最悪、悪質だろう!! 貴様は軍法会議に掛けてやるぞ‼‼」


 少し、と言うか普通に言い過ぎた。


 部長は背も低く、胸も小さい、それをクラスメイトや家族に「子供みたい」と馬鹿にされて生きている。慣れている様で慣れていないらしく、加えて年下の俺からその言葉を言われるのはかなり嫌らしい。


 かぁ―—っと顔を赤くさせて、興奮する部長。


「お、落ち着いてください‼‼ その、今のは言い過ぎました―—っ、謝りますから、どうか銃は置いてっ」


「——め、命令だと‼ この期に及んで、上官に命令とは無礼者が‼‼」


 ミシミシ。

 部室棟の古い木の床が軋みをあげる。


「ちょ、まじ——それはヤバいですって!!」


「いいから、差し出せっ‼‼ 身体を差し出せ!! せっかくなら、お前の胸筋と身長もよこせ!!」


 必死も必死。

 部長も何が何だか、緊張か嫉妬か、それとも羞恥なのか——とにかく混同して言っていることがあやふやになっていた。


「——よこせぇ」


「ぶちょ―—」


「いいから、差し出せぇ……」


「いや、まっ——」


 制止を促すが脚は止まらない。

 ギロッと睨みつけるような視線と目が合い、さすがの俺も肩が震えた。


 ドンっ。


 耳元で音がして振り向くと、そこはもう部室の壁だった。四隅の一つ。まさに背水の陣。追い詰められて、目の前の手乗りタイガーに手をあげる。


「っはは!!」


 不気味に笑い、優位に立たれた——そう思った瞬間。

 横の本棚に一枚の紙が無造作に置かれていた。


 目の前の部長から一瞬だけ目を離し、その紙へ向ける。

 すると、そこにはこう書かれていた。





【文芸部、廃部についてのお知らせと警告】

『我が校の文芸部、及び文芸部員二名は明日、6月17日17時に生徒会室に来てください。歴史のある由緒正しき文芸部は近年、小説による賞が少なく、活発的な創作活動や文化祭における展示が疎かになっていると調査委員会より報告が入っています。そのため、生徒会では廃部も視野に入れています。今のところ、部員二名による相談がなければ今月末には廃部を決定いたしますのでよろしくお願いします。   生徒会代表 橘六花』






 文芸部の廃部。

 しかも、それを決定しているのは彼女である橘さん率いる生徒会だと書かれている一枚の紙。


 そこで、俺は息を吐き、少しだけ呼吸を整える。


 これしかない。今、混同している部長には……この方法しかない。それなりにこの部屋を気に入っている部長を真面目にさせるためにはこれだけだ。


 そう思い、がっしりと紙を掴み目の前に広げる。


「んっ——」


「……あの、部長。知ってますか?」


「な、なんだ!!」


「部長が活動しないから……こんなことになっているんですよ‼‼」


 その言葉にさすがに黙ると、ゆっくりとその紙を掴み、銃を机に置くと声に出して読み始めた。


「文芸部、廃部の……お知らせ……警告?」


「はい、そうですよ」


「んな、お前、なんでこれを‼‼ まさか作り物っ」


「なわけないじゃないですか! ほら、先輩が適当にとって机に置いてあったんですよ……」


「わ、私はちゃんと全部確認してるし……こんなの知らない!!」


 だだをこねる子供か。

 危うく突っ込みかけたが、俺は冷静に言い返す。


「知らないわけないじゃないですか? ここに置いたのは俺じゃなくて、部長なんですよ?」


「んっ……ち、ちがっ」


「はぁ……いっつも言ってますよね? 掃除と整理はしといてくださいねって」


「っ……」


 意地悪ではあったが事実は事実。

 そう言うと、さすがの部長も黙りこける。


 数秒ほど立ち尽くすと、ゆっくりと元いたソファーまで歩き、そっと腰を掛けった。


「っ」


 あれ。

 様子がおかしい。


 そう思った頃には部長は瞳から涙を垂らし始めていた。


「っうぅ……な、なんでぇ…………なんでなのぉ……」


 そう。

 いつもふざけていた部長は俺ではなく、「廃部」の二文字を見て泣き出したのだった。









 PS:部長の涙は俺によって何世代も語り継がれますがそれはまた今度の話!!


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