05.5●ホルスの父の証言……悪魔以上の悪、それは人類だ。★★★20211231追加  

05.5●ホルスの父の証言……悪魔以上の悪、それは人類である。




 ここで、付け加えさせていだきます。

 前の章で、人類と悪魔の戦いは、二つの正義の対立であると解釈しました。

 それは、大自然という環境エコロジーに対する、双方の“ふるまい方”の対立です。

 文明を発展させるため大自然から好き勝手に収奪し、それでよしとする人類。

 一方、大自然の資源を守って、さまざまな生物たちの生存圏の持続可能性を維持しようとする自然神(悪魔グルンワルド)との対立です。


 しかし、もっと素朴に、道義的な観点からみると、どうでしょうか?


 その心が、善なのか悪なのか……というシンプルな視点です。


 結論は非常にスッキリと、作品中に表明されていますね。


 “グルンワルドは悪魔だが、人類はそれ以下の悪者なのだ”……と。



 証言者は、ホルスの父です。セリフは明瞭です。


「そいつは、ワシらの醜い心を利用し、(中略)村を攻め滅ぼしたのだ」(RAE10頁)


 グルンワルドは、人類の“醜い心”を利用して、人類を自滅へと導きます。

 つまり悪魔は、“醜い心”を持つ人類を滅ぼしていくのです。

 これって、考えてみると……“正義”ですよね。

 だって、“醜い心”は、すなわち“悪”なのですから。

 とすると、グルンワルドは、“悪を滅ぼす正義のヒーロー”なのです。


 なぜなら、日曜日の午前中のTV画面に現れる、ライダーな特撮ヒーローさんや、キュアなスーパー少女ヒロインさんたちがおこなっている“正義”とは……

 “悪”を成敗すること。

 この“悪”とはすなわち……

 “醜い心”ですね。


 ですから……

 “醜い心”の持ち主である人類を滅ぼす行為は、正義ということになります。

 少なくとも、この国の人々の大半は、そのような価値観を肯定しているはずです。


 “醜い心の持ち主は、罰せられるべきだ”と。


 道義的な観点からすれば、グルンワルドこそ、正義を執行しているのです。

 醜悪な心を持つ生き物は、自ら滅ぶべきである……と。


       *


 この逆に、グルンワルドが、人間の“善良な心”を利用して人類を滅ぼしているのなら、それはまさしく“悪”の行為となります。

 他人の善意に付け込んで悪事を働くのは、極悪非道な行為ですから。


 しかし、これまでグルンワルドが滅ぼしてきたのは、“醜い心”を持つ人々。

 “醜い心”は悪人に利用されても、同情の余地はありませんね。

 あくどい儲け話に乗っかったところ、それが詐欺だったようなもので。

 “コンフィデンスマン”に一杯食わされる腹黒い悪代官氏と同じです。

 そんな人たちに、グルンワルドを悪魔呼ばわりする資格はないでしょう。


 ならば、グルンワルドによって滅ぼされたくなければ……

 “善良な心”を持てばいいだけなのです。

 グルンワルド(実行犯はヒルダ)による内戦工作など、“善良な心”をもってすれば、簡単に跳ねのけられます。

 人々が悪魔に利用されることはなく、悪の侵略は未然に防がれることでしょう。

 つまり、作品が述べている真意は、そういうことになります。


 このあたりに、『太陽の王子ホルスの大冒険』のセリフ回しのレトリックの巧妙さがうかがわれます。


 ホルスの父が「そいつは、ワシらの醜い心を利用し、(中略)村を攻め滅ぼしたのだ」(RAE10頁)と証言する場面を思い返してみましょう。

 “醜い心の人々”が互いに戦って自滅する光景。

 これを、21世紀の私たちは冷たく断じています。


 “自業自得の自己責任”だと。


 “醜い心の人々”が滅ぶのは当然だ、それこそ正義なのだと。


 しかし、このときの映像は、滅びゆく村の背景にそびえ立ち、マントの一閃で村を破壊し、氷の山で閉ざすグルンワルドの恐ろしくも圧倒的な姿で締めくくられます。

 おそらくそれは、ホルスが心の中に描いた視覚的イメージでもあるのでしょう。

 まるで、グルンワルドこそが全ての黒幕であり、悪の権化であるかのように見えているのです。

 人類の敵、倒すべき究極の悪はグルンワルドただひとり……そう、ホルスは刷り込まれてしまったのかもしれませんね。


 このとき、作品は観客である私たちの心を誘導しています。

 “人類は悪くない。悪魔グルンワルドが敵であり悪なのだ”と……

 そのように見せることで、作品が最後に結論として述べたい真実を、意図的に隠していると思われます。


 本当の敵とは、何なのか……

 作品を最後まで観れば、明瞭ですね。

 悪魔グルンワルドよりも、人類自身の“醜い心”の方が、はるかに醜悪で恐ろしい、真の敵なのだと。

 それは、疑り深い村長や、間抜けなくせに下剋上をもくろむドラーゴを指しているのでしょうか?

 いや、そうではないでしょう。

 村長の妄言やドラーゴの扇動にあっさりと操られてしまい、“醜い心”を持つに至った村人たち……そんな彼らを支配する“同調圧力”こそ、この作品の裏側に隠された、真の敵と言うべきなのでしょう。


「よそ者は出て行け!」(RAE39頁)と、ホルス一人に全ての悪事の責任をなすりつけ、正当な理由もないのに一斉に迫害する側に回って私利私欲に走る、村人たちの日和見的で無責任で愚かな群集心理。


 その場の空気を目ざとく読み、すかさず強者の側について、弱者を虐げる。

 これ、典型的な“いじめの構図”ですね。


 それこそが、『ホルス……』の制作者が作中に秘めた、人類最悪の敵なのではないでしょうか。



 作品はハッキリと述べています。


 悪魔グルンワルドよりも醜悪なのは、じつは人の心なのだと。




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