39●“未完成部分”の謎②……“劇画”でアニメ映画を作ったのでは?
39●“未完成部分”の謎②……“劇画”でアニメ映画を作ったのでは?
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ちょっと横道に逸れますが、1968年当時の漫画界では、“劇画”というジャンルが隆盛を誇っていました。戦後に国内映画館のスクリーンを席巻したハリウッド映画の影響を受けて、映画のカメラワークをマンガの構図やキャラの描写に取り入れた、いわば“映画のように観る漫画”を指向した作品群です。
当時の象徴的な劇画作品として、白土三平先生の『カムイ伝』(1964-1971)が連載中であり、『サスケ』は1968年にTVアニメ化されていました。また、さいとう・たかを先生の『ゴルゴ13』が1968年11月より連載が開始されます。(両先生とも2021年に亡くなられ、寂しい限りです。黙祷)
『ホルス……』のスタッフが『カムイ伝』や『サスケ』を知らないはずがなく、画面作りに影響が無かったとは言えないでしょう。
そこで“
この
もちろん画風は異なりますが、
静止画には違いないけれど、かなり“動画的”な画面。
そうだとすると……
“劇画”は、ハリウッド映画の画面手法で作ったマンガ。これに対して……
『ホルス……』のこの場面は、“劇画”の画面手法で映画を作った。
ということになりませんか。
輸入品を再加工して逆輸出する、みたいな現象ですね。
その意味でも、大変ユニークで、アニメとして“おもしろい”手法が実験されたのではないかと思います。
“ハリウッドの実写映画を、マンガという静止した画で見せる”……という“劇画”の技法の凄いところは、やはり、“リアルな動き”に尽きるでしょう。
それまでの一般的な“漫画”は、“漫”という文字が示すように、常識を打ち破った、つまり
現実にはありえない動きが、そこでは許されて、作品の魅力ともなります。
とくにギャグマンガの表現がそうですね。車に轢かれて路面にペッタンコになってしまった人が、次の瞬間に風船に空気を吹き込まれたみたいに復活して立ち上がり、平気で歩き出してもOKなわけです。
しかし劇画の世界ではそうはいかず、現実に近い悲惨な結果となります。
作品の世界に、リアルな世界と同様の、重力があり、質量があり、慣性があり、作用と反作用がある。
それが一コマ一コマに表現されます。
ということは……
よく描かれた劇画の一コマは、静止画なのに、じっと観ると、けっこう動いて見えるんですね。
もとがハリウッドの実写映画ですから、リアルに動いている人物や物体を映したコマを切り取ってスチル写真にして観たようなもので、画面の中の動きが伝わって感じられるのではないかと思います。
脳内補完とでもいうのか、その一コマに映されている画面の前後をイメージして、“動いている途中”を感じられるのではないでしょうか。
『カムイ伝』や『サスケ』の一コマを観ても、その画面の中に重力があり、体重のある人物が走ったり跳んだり、重いものを持ち上げたり、振り回したり、その場面に風が吹けば、衣服や髪がなびき、水面にさざ波が立ち、草木が揺れる……といった現象が、リアルな質量保存の法則から大きく外れることなく描き込まれることによって、“止まっているのに、動いているかのように見える”のではないかと……
広い意味でマンガのひとつの面白さは、静止画のコマを目で追って観るだけなのに、それなりに動いて見える……ことにありますね。やはり何らかの“脳内補完”があるのでは。
そんなコマを連続させて、『ホルス……』の“
だから静止画なのに、そう退屈することがない程度には、“動いて見える”のでしょうね……
つまり、“静止画だけど動画的な画面”。
所詮リミテッドアニメだと言えばそれまでで、安っぽい印象になってしまいますが、『ホルス……』のスタッフはかなり頑張って、静止画だけど必要な動きは“伝える”ことに成功していると思うのです。
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なお、劇画ではありませんが、当時の漫画で、メカの動きが抜群だったのが、小澤さとる先生の『サブマリン707』(1963-65)と『青の6号』(1967)ですね。主なメカは潜水艦ですが、そのリアリティは空前絶後、21世紀でもあれほど潜水艦を潜水艦らしく描き切った作品にはお目にかかれません。
連載開始当初は画風が安定せず、登場する潜水艦の形状もキチッと決まらなくて、コマによって印象が変わっていたのですが、第一部『U結社編』の中盤からは、描かれる一隻一隻のフォルムが確定し、読みやすくなりました。
何よりもその質量感が秀逸で、全長百メートルを越し、排水量が数千トンもある潜水艦が、重たい海水をかきわけてゴゴゴゴ……と進んでゆく雄姿は、当時の子供心を躍らせたことでしょう。
静止画なのに、潜水艦を見せる構図の見事さ、そして海中の泡の様子、効果音の表現だけで、進んでいる感じが十分に伝わってきます。潜水艦のメカとしての
最近のマンガでは、黒井緑先生の海洋戦記コミックに描かれたフネが、よく動いていますね。船首や船尾の波立ちと、煙突の煙だけで、海水をかき分けて、ずつしりと進む様子がリアルに伝わってきます。
そういった、“静止画だけど脳内補完で動きを感じる”効果はもっと研究されて、アニメ作品に生かされてもいいと思います。
とくに、メカとしての艦船の表現は、“船が船に見える”アニメ作品は極めて少なく、たいてい、がっかりさせられます。ブリキの玩具にしか見えないのです。完璧にできていたのは『未来少年コナン』のガンボートやバラクーダ号、『母をたずねて三千里』の
CGで船体を正確かつ緻密に表現した作品もありましたが、その場合は船のリアリティが高すぎ、かつディテールが詳細すぎて、船だけが画面から浮いてしまうか、凹んで見えるように感じます。
船だけが実写に近いリアリティなのに、人物キャラクターの造形はマンガチックにデフォルメされている、このギャップが不自然に感じてしまうのですね。主人公が船に乗っている画面では、船の存在感が勝ってしまい、実物の船に看板みたいに薄っぺらな人物が立てられているような感じ。船体の上部構造物やマストなどのディテールが情報過多で、細かなところがやたら目に付くことにもなります。難しいものだなあと思います。
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ちなみに、1968年当時のTVアニメに、『佐武と市捕物控』(1968年10月~翌年9月)がありました。石ノ森章太郎先生の偉業の一つですね。
この作品、明らかにオトナ向けで、かなり劇画調。
モノクロで、かつリミテッドなアニメですが、ただしDVDを観る限り、ここぞという見せ場は動画枚数を奮発して動かしているようです。
限られた予算の中で、メリハリのついた作り方をしているのではないかと。
また、背景を水墨画調に表現することで、モノクロの特製をむしろメリットに変えています。
随所に工夫を盛り込んだ傑作の“劇画アニメ”ではないかと。
静止画なのに動いて見える手法の一例としては、オープニングの、分銅が縄を引いて左右にシュッと直線に飛ぶカット。静止画をブルブルと震わせているだけで、本当に空中を真一文字に飛んでいるように感じられます。
これでいいじゃないか? と思ってしまいますね。
TVアニメとして、必要十分な動きは感じさせてくれる。
背景にせよ人物にせよ、重要でない部分は違和感のない程度に省略する。
それで、さほど問題なく、作品の世界観は伝わってくるようですし、『佐武と市捕物控』は21世紀の今になって観ても、これといって遜色は感じません。モノクロ作品として、芸術的に完成しているように見えます。
このモノクロームの画面にCGで着色してカラー化したら……
かえって安っぽい画風に落ちてしまうのでは。
『ホルス……』も同様かもしれません。
“
それで、果たして見た目の印象がよくなるのか、手間の割には、作品全体の完成度が高まるかどうか、なんだか疑問に思えるのです。
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