38●“未完成部分”の謎①……“動かない場面”、でも当時はそんなものだった?

38●“未完成部分”の謎①……“動かない場面”、でも当時はそんなものだった?




 『太陽の王子ホルスの大冒険』は、“未完成”作品であると聞いたことがあります。

 超人的なハイクオリティにこだわったあまり、製作期間に間に合わず、やむなく作品の一部をいわゆる“手抜き工事”せざるをえなかった……という説です。

 具体的には、本来描き込むべき動画の枚数をはしょり、止め絵による“ハーモニー技法”を多用して、制作時間を短縮したらしい……ということです。


 問題の箇所は、村が狼群ろうぐんに襲われる場面(RAE20-21頁)、およびネズミの大群に襲われる場面(RAE34頁)です。


 確かにその二つの場面では、静止画のパンやズーム、あるいは原画だけを見せ、その間をつなぐ動画が省かれて、見た目ではカクカクといった断続的な動きになって不自然……という画面が目立ちます。

 いわば、きちんと手が入っていない、荒っぽい仕上がりであって、それゆえ、『ホルス……』は、本来あるべき姿に完成されていない……つまり“未完成”のままである、という見解になります。


 本当に未完成であるか否かは、複数の制作スタッフの証言を得なくてはならないでしょうが、そうまでして作品の欠点を掘り起こしても益の無いこと。そっとして触らず、謎のまま残しておくのが賢明かもしれませんね。


 ともあれ、問題の二つのシーンがいわゆる“手抜き工事”であるか否かは、多分に鑑賞者個人の受け止め方に左右されます。アニメは、こんなものだ……と大目にみるか、いややっぱり、最高水準を目指すべきだ……とこだわりを貫くか、ですね。

「それなら、手を入れて完成させれば、作品の質は向上するのか?」という、疑問も生まれるわけです。


 私個人の感想としては、“言われてみれば、そんな(手抜き工事のような)気もする”といったところです。

 “問題の二か所は、仕上がりに不足がある”と聞いたことで、うーんそうかな、と、やっと気が付いたというか……


 ただし、実際にDVDなどで画像を観れば、問題の二か所は、他の場面と比べて、たしかに動いていません。

 静止画を多用していることは素人目にも明らかで、失礼ながら、“アニメ紙芝居”の趣です。

 しかしその一方、それほど違和感なく、飽きずに何度も観ていました。

 まるで紙芝居のような“アニメじゃない”場面でありながら、総じて、問題にするほど気にならなかったのです。

 不自然と言えば不自然だけど、違和感なく自然に観ることができたのです。

 それには、やはり理由があると思います。


 さすが、史上最高クラスのスタッフ陣です。

 ただ漫然と、無責任に手間を省いて終わるとは思えません。

 たとえ“手抜き工事”を覚悟するにせよ、そのマイナス要素を最小限に押さえ、むしろ、“絵が動かない”ことを逆手に取ってメリットに転じる工夫が凝らされている……はずなのです。


 さて私は、朝ドラ『なつぞら』の作画監督みたいな専門家ではありません。

 ですから、以下の記述は全て、“素人の感想”です。

 至らぬ点のカタマリです。

 どうかその旨、お許し下さい。


 では問題の二か所、“狼群ろうぐんシーン”と“鼠シーン”について、もうすこし詳しく見ていきましょう。


 最初に押さえておきたいのは、“公開当時の観客は、これを欠点と感じたか?”という疑問です。公開時から観客にこの点を指弾されていたら、やはり“手抜き工事”の責任を認めざるを得ません。

 しかし、当時の批評などに、そのような事実はなさそうです。多分に制作スタッフの側の、自己批判だったのでしょう。

 というのは……


 当時のアニメに大衆が期待した、標準的なクオリティを考えてみましょう。

 1960年代のことです。

 国民的ヒット作として、『鉄腕アトム』『鉄人28号』『エイトマン』などがありましたね。

 当時は概ねモノクロ作品で、現在はDVDで観ることができます。

 そりゃあもう、動きだけを観ればカクカクどころか、カ・ク……カ・クです。

 21世紀の水準からすれば、これでアニメの範疇に入るのか、怪しいほどですね。


 当時のTVアニメは、もっぱら“リミテッドアニメ”の手法で作られていました。

 標準的なフィルムは一秒に24コマとされます。観客の目の前で、一秒間に24枚の画像が、パッパッと点滅するように映されるわけです。

 1コマに一枚、一秒に24枚の連続性のある絵を見せるのがフルアニメ。

 滑らかな動きとなります。

 ディズニー・プロの劇場作などは、当然のようにフルアニメのクオリティですね。

 これを三分の一の、8枚に省略したのをリミテッドアニメと称します。

 一秒24コマの3コマずつを、そっくり同じ絵でしのぐわけですね。

 単純に、作画作業は三分の一の労力に節約できます。

 そのかわり、キャラクターの動きなどは、フルアニメに比べると、カクカクとした感じに見えます。

 『鉄腕アトム』はまだしも動いて見えますが、『鉄人28号』や『エイトマン』は、相当に“止まってる”感が目立ちます。一秒八枚よりも、もっと少ない印象です。

 一秒八枚なら立派な方、実際はその半分以下だったような……

 でも、まあ、当時はそういうものだったのです。

 そもそも、“TVアニメ”とは言いません。

 “テレビまんが”です。

 あくまで“漫画”であり、紙の漫画がTVに移植された程度の認識だったでしょう。

 要するに“TV紙芝居”でよかったのです。



 さまざまなアニメ作品を細かく観察して“動いていない”“作画の乱れ”“放送事故並み”とか指摘するアニメオタク集団は、まだ影も形もありません。

 小学生以下の子供でもないのにファンなどと自称したら奇人変人、ほぼほぼ変質者に類別されてしまいます。

 1968年に『ホルス……』と併映された『ゲゲゲの鬼太郎』『魔法使いサリー』の動きはいくらか改善されてはいたでしょうが、現代の同種アニメの品質と比べると、天と地の開きがあったはずです。

 ですから当時の大人の観客は、『ホルス……』の作品クオリティを称讃こそすれ、こきおろすことはありませんでした。

 プロの評論ですら「村がオオカミやネズミの群に襲われるくだりをスチル・ショットで処理したのも、手を抜いた感じがしない。成功であると思う」(RAE34頁。森卓也、『映画評論』昭和43年10月号)と、高く評価しているのですから。

 それはおそらく、作品全体として、よく動かされており、総合力は申し分ない……といった判断でしょう。


 『ホルス……』は、少なくとも作画などの技術面において、これで十分に完成していたのです、きっと。

 問題の二か所につき、“手抜き工事”はあったものの、建物全体としては建築基準法を満たし、むしろ土台はしっかりとして、強度は極めて優れている……というのが、公開当時の印象だったのでしょう。

 私もそう思います。




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