38●“未完成部分”の謎①……“動かない場面”、でも当時はそんなものだった?
38●“未完成部分”の謎①……“動かない場面”、でも当時はそんなものだった?
『太陽の王子ホルスの大冒険』は、“未完成”作品であると聞いたことがあります。
超人的なハイクオリティにこだわったあまり、製作期間に間に合わず、やむなく作品の一部をいわゆる“手抜き工事”せざるをえなかった……という説です。
具体的には、本来描き込むべき動画の枚数をはしょり、止め絵による“ハーモニー技法”を多用して、制作時間を短縮したらしい……ということです。
問題の箇所は、村が
確かにその二つの場面では、静止画のパンやズーム、あるいは原画だけを見せ、その間をつなぐ動画が省かれて、見た目ではカクカクといった断続的な動きになって不自然……という画面が目立ちます。
いわば、きちんと手が入っていない、荒っぽい仕上がりであって、それゆえ、『ホルス……』は、本来あるべき姿に完成されていない……つまり“未完成”のままである、という見解になります。
本当に未完成であるか否かは、複数の制作スタッフの証言を得なくてはならないでしょうが、そうまでして作品の欠点を掘り起こしても益の無いこと。そっとして触らず、謎のまま残しておくのが賢明かもしれませんね。
ともあれ、問題の二つのシーンがいわゆる“手抜き工事”であるか否かは、多分に鑑賞者個人の受け止め方に左右されます。アニメは、こんなものだ……と大目にみるか、いややっぱり、最高水準を目指すべきだ……とこだわりを貫くか、ですね。
「それなら、手を入れて完成させれば、作品の質は向上するのか?」という、疑問も生まれるわけです。
私個人の感想としては、“言われてみれば、そんな(手抜き工事のような)気もする”といったところです。
“問題の二か所は、仕上がりに不足がある”と聞いたことで、うーんそうかな、と、やっと気が付いたというか……
ただし、実際にDVDなどで画像を観れば、問題の二か所は、他の場面と比べて、たしかに動いていません。
静止画を多用していることは素人目にも明らかで、失礼ながら、“アニメ紙芝居”の趣です。
しかしその一方、それほど違和感なく、飽きずに何度も観ていました。
まるで紙芝居のような“アニメじゃない”場面でありながら、総じて、問題にするほど気にならなかったのです。
不自然と言えば不自然だけど、違和感なく自然に観ることができたのです。
それには、やはり理由があると思います。
さすが、史上最高クラスのスタッフ陣です。
ただ漫然と、無責任に手間を省いて終わるとは思えません。
たとえ“手抜き工事”を覚悟するにせよ、そのマイナス要素を最小限に押さえ、むしろ、“絵が動かない”ことを逆手に取ってメリットに転じる工夫が凝らされている……はずなのです。
さて私は、朝ドラ『なつぞら』の作画監督みたいな専門家ではありません。
ですから、以下の記述は全て、“素人の感想”です。
至らぬ点のカタマリです。
どうかその旨、お許し下さい。
では問題の二か所、“
最初に押さえておきたいのは、“公開当時の観客は、これを欠点と感じたか?”という疑問です。公開時から観客にこの点を指弾されていたら、やはり“手抜き工事”の責任を認めざるを得ません。
しかし、当時の批評などに、そのような事実はなさそうです。多分に制作スタッフの側の、自己批判だったのでしょう。
というのは……
当時のアニメに大衆が期待した、標準的なクオリティを考えてみましょう。
1960年代のことです。
国民的ヒット作として、『鉄腕アトム』『鉄人28号』『エイトマン』などがありましたね。
当時は概ねモノクロ作品で、現在はDVDで観ることができます。
そりゃあもう、動きだけを観ればカクカクどころか、カ・ク……カ・クです。
21世紀の水準からすれば、これでアニメの範疇に入るのか、怪しいほどですね。
当時のTVアニメは、もっぱら“リミテッドアニメ”の手法で作られていました。
標準的なフィルムは一秒に24コマとされます。観客の目の前で、一秒間に24枚の画像が、パッパッと点滅するように映されるわけです。
1コマに一枚、一秒に24枚の連続性のある絵を見せるのがフルアニメ。
滑らかな動きとなります。
ディズニー・プロの劇場作などは、当然のようにフルアニメのクオリティですね。
これを三分の一の、8枚に省略したのをリミテッドアニメと称します。
一秒24コマの3コマずつを、そっくり同じ絵でしのぐわけですね。
単純に、作画作業は三分の一の労力に節約できます。
そのかわり、キャラクターの動きなどは、フルアニメに比べると、カクカクとした感じに見えます。
『鉄腕アトム』はまだしも動いて見えますが、『鉄人28号』や『エイトマン』は、相当に“止まってる”感が目立ちます。一秒八枚よりも、もっと少ない印象です。
一秒八枚なら立派な方、実際はその半分以下だったような……
でも、まあ、当時はそういうものだったのです。
そもそも、“TVアニメ”とは言いません。
“テレビまんが”です。
あくまで“漫画”であり、紙の漫画がTVに移植された程度の認識だったでしょう。
要するに“TV紙芝居”でよかったのです。
さまざまなアニメ作品を細かく観察して“動いていない”“作画の乱れ”“放送事故並み”とか指摘するアニメオタク集団は、まだ影も形もありません。
小学生以下の子供でもないのにファンなどと自称したら奇人変人、ほぼほぼ変質者に類別されてしまいます。
1968年に『ホルス……』と併映された『ゲゲゲの鬼太郎』『魔法使いサリー』の動きはいくらか改善されてはいたでしょうが、現代の同種アニメの品質と比べると、天と地の開きがあったはずです。
ですから当時の大人の観客は、『ホルス……』の作品クオリティを称讃こそすれ、こきおろすことはありませんでした。
プロの評論ですら「村がオオカミやネズミの群に襲われるくだりをスチル・ショットで処理したのも、手を抜いた感じがしない。成功であると思う」(RAE34頁。森卓也、『映画評論』昭和43年10月号)と、高く評価しているのですから。
それはおそらく、作品全体として、よく動かされており、総合力は申し分ない……といった判断でしょう。
『ホルス……』は、少なくとも作画などの技術面において、これで十分に完成していたのです、きっと。
問題の二か所につき、“手抜き工事”はあったものの、建物全体としては建築基準法を満たし、むしろ土台はしっかりとして、強度は極めて優れている……というのが、公開当時の印象だったのでしょう。
私もそう思います。
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