31●“素”のヒルダの魅力……冠を切り落とした意味

31●“素”のヒルダの魅力……冠を切り落とした意味




       *


 ちょっと横道に逸れますが……

 布冠ぬのかんむりを切り落とし「教えてあげる、あたしの本当の姿を!」(RAE40-41頁)とうそぶくヒルダの姿に、注目。

 布冠ぬのかんむり(設定資料によっては“ハチマキ”と書いているものもあるらしく、正式名称は不明ですが)を外したヒルダを見られるのは、ここだけです。

 こうした環状の冠…サークレットと呼ばれるものの一種でしょう…は、ヒルダにとって、どのような意味があるのでしょうか。

 似たようなものは、作品中では、花嫁ピリアの頭に載せられた花輪の冠がありますね。彼女が祝福された新婦であることを示すしるしです。

 そのほかには、一般に、オリンピックなどスポーツ競技の勝者に贈られるオリーブや月桂樹の葉の冠がありますね。讃えられるべき勝者を示します。また、キリストの頭に載せられた茨の冠もありますね。今は宗教的聖遺物としての意味合いが加わっていますが、もともと罪人のしるしです。

 このように冠は、本人の社会的地位や評価を示すシンボルとして用いられますね。

 ヒルダの布冠ぬのかんむりが示す意味は定かではありませんが、これを切り落とすことは、ヒルダ本人の社会的地位や評価の威光を捨てて、“の自分”をさらけ出すことになるのでしょう。

「教えてあげる、あたしの本当の姿を!」というヒルダのセリフ、まさに、そのままですね。


 で、布冠ぬのかんむりを落とした状態で、ヒルダはホルスに刃を突き下ろし、その直後に自分の行いに苦しんでうなだれます。(RAE41頁)このときチロは激しいいきどおりをヒルダにぶつけて「ヒルダが嫌いになったよ!」と叫ぶのですが、そもそもチロのキャラクターとしての役柄は、“ヒルダの人間的な良心を代弁する”ことにあります。

 つまりこのときのチロの叫びは、同時にヒルダの心の叫びでもあるわけです。

 悪魔の側のトトと人間の側のチロに引き裂かれたヒルダの心情を、彼女の口からではなく、チロの言葉として吐露させている、見事な演出だと思います。


 にしても、この時のヒルダ、魅力的ですね。

 トトに誘導されて、戦意の無いホルスに刃を振り下ろす、おどろおどろしく残酷なヒルダ。

 その一方で、チロの言葉を心から受け止めるヒルダが、儚くも可愛いげで……。

 布冠ぬのかんむりを取ったヒルダを見られるのはこの場面だけ。

 自分の善悪の両面をさらけ出した、“素のヒルダ”を見ることができる、貴重なショットだと思います。


        *


 「教えてあげる、あたしの本当の姿を!」(RAE40-41頁)と、ヒルダは布冠ぬのかんむりを切り落とします。

 ……ということは、布冠ぬのかんむりを被った自分は“本当の姿ではない”と言うことになりますね。

 それは、“偽りの姿”。

 布冠ぬのかんむりを切り落として、ホルスに刃を向ける、という場面の状況からすれば、それまでのヒルダは、“布冠ぬのかんむりを被ることによって、悪魔の妹である自分の正体を隠し、普通の人間のふりをしていた”わけです。

 

 そこで、ラストシーン、ホルスと手を繋いで駆けていくヒルダを見れば、布冠ぬのかんむりを被っています。

 彼女が魔法力を完全に放棄して真人間になっていたならば、“偽りの姿”を意味する冠は不要なので、ヒルダの頭から消滅していた方が理屈に合うような……

 

 やや、こじつけかもしれませんが、ヒルダの頭部に冠が残ったことは、ラストシーンに至っても、いまだにヒルダの魔力は残っていて、それを隠すために……つまり、魔力のオーラを抑えておくリミッターとして……布冠ぬのかんむりを必要としたのかもしれませんね。


  


 



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る