29●罪にまみれた愛④……転向しないホルス、ヒルダの殺意の消滅

29●罪にまみれた愛④……転向しないホルス、ヒルダの殺意の消滅




 前章で述べましたように……

 「この手であなたを殺すんだって?」(RAE38頁)と、殺意を告白してしまった時点の、ヒルダの心境はこうでしょう。


 “ホルス、逃げなさい。逃げなかったら、そして悪魔の側へ転ばなかったら、あたしはあなたを殺すしかないのだから!”


 ここまでは“好き”の範疇でした。

 好きだけど、殺すかも知れない……というレベルですね。

 “殺意アリ”です。


       *


 続いて、ホルスが冤罪をかけられる、“村民裁判”の場面となりますが……

 そこを飛ばして、村民裁判に続く、“ホルスを迷いの森に落とす”場面を参照してみましょう。


       *


 ホルスを追い詰めたヒルダは、

 「何も知らなかったのね」

 「可哀そうなホルス」

 「間抜けなドラーゴや、疑り深い村長や、すぐに仲間を裏切る村人たちと同じ」(RAE38頁、64頁)……と、散々ホルスをこき下ろした上で、こう宣言します。

 「あなたは死ぬのよ、人間に裏切られたその時に!」

 このとき、ヒルダは何を考えていたのでしょうか。

 ホルス殺害が目的なら、黙って、さっさと殺せばいいのです。

 しかしそれを後回しにして、村人たちの醜悪さと、そのためにホルスが死ぬことになることを、強調しています。

 つまり……ホルスが、冤罪を被せてきた村人たちに憤り、村人たちを憎むように、仕向けているわけです。

 ヒルダと同じように、人間を憎めと。

 人間を憎むようになれば、あたしたち悪魔の側に転んでくれる……という、ヒルダの目算が見えてきます。


 「まぬけなドラーゴや、うたぐり深い村長や、すぐに仲間を裏切る村人たちと同じ人間なのよ」(RAE38頁)と、ヒルダのセリフは、もうホルスをボロクソ呼ばわりですが、ヒルダが本気でそう考えているはずがありません。

 ホルスを追い詰めるためのレトリックです。

 “ホルス、あなたは人間たちに裏切られたのよ、あんなやつらに迫害されたのよ。だから人間を憎みなさい。あたしのように。あなたはあたしと同じなの。だから、悪魔の仲間に加わりなさい!”

 つまり、“転向へのお誘い”なのです。

 これが最後のチャンス、受け入れなかったら、死んでもらうわ……と。

 この責め方、『未来少年コナン』のモンスリー的だなあ、と思ってしまいますが。



 つまり……

 ここに及んでなおも、ヒルダはホルスを殺そうとせずに、実質的には、仲間になりなさいと説得している。

 殺意が揺らいでいます。

 それでもホルスは、人間たちを信じることをやめません。


 ヒルダが懐刀を出し、頭に巻いていた環状の頭冠を斬り落とし、同時に刃の切っ先を“命の珠”に触れたたとき、ホルスの背後に“迷いの森”が出現します。

 トトの一撃で、抵抗力を失うホルス。

 ここでためらわず、ホルスをグサリとればジ・エンドですが、それでも、ヒルダはためらいます。

 とうとう懐剣をホルスに振り下ろし、彼を迷いの森に落とすのですが、それでも、ホルスを完全に殺したわけではありません。

 “迷い迷った果てに、最後には死ぬ”という環境に落としたものの、ホルスに、生き延びる余地は残していたわけです。


 これはヒルダの妥協策でしょう。

 完全に殺さないものの、“殺したのと同じ”ですよと、グルンワルドに対する言い訳が立つのですから。

 “さあ兄さん、ホルスが苦しむのを存分に見物なさって下さい。そのうち弱って死にますから”……ということですね。


 そうすることで、ヒルダはまたまた、ホルスの殺害を延期しました。


 ここまでくると……

 ヒルダの心の中で、ホルスへの殺意はすっかり萎えていると考えられます。

 ホルスを死へ追いやるように見せかけて、内心はむしろ、なんとかして生かしたいと願っているのですね。

 その証拠に、続く場面、氷の宮殿の中でホルスを嘲笑うグルンワルドに、「笑えないわ兄さん!」と反駁はんばくします。(RAE42頁)

 ホルスへの殺意、もう完璧に吹き飛んでいますね。


 ヒルダの心境は、

 “あたしはホルスを殺せない、何があっても殺せない!”

 という、強い決意に変わっています。


 とはいえヒルダ、そのことを面と向かって語りません。しかし……

 ヒルダの左右に控えている動物キャラのトトとチロは、ヒルダの内面の、悪魔の心と人間の心を代弁してくれています。

 ホルスを迷いの森に落としたことでヒルダを非難し、人間の村へと去ってゆくチロの言葉は、おそらくその時の、ヒルダの内心の激しい自責の念をそのまま表しているのです。


 ということは……


       *


 この直前の、“村民裁判”の場面で、ヒルダの、ホルスに対する殺意は消滅し、絶対にホルスを殺せない、ホルスを生かそう……という真逆の意志へと転換したことになります。


 “なにがあっても、あたしはホルスを殺せない!”


 取りも直さずそれは、“あたしはホルスを守る!”という決意ですね。

 これは、やはり、“愛”と呼ぶべきでしょう。

 ですから……

 ヒルダのホルスに対する“好き”が“愛”に昇華したのは、“村民裁判”の場面であると考えられるのです。





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