27●罪にまみれた愛②……花嫁衣装の衝撃
27●罪にまみれた愛②……花嫁衣装の衝撃
ホルスの暗殺を命じられているものの、本心のところは、悪魔の側に引き込みたいヒルダ。しかしその前に確認したいのは、太陽の剣の威力です。
偵察、とばかりに鍛冶場を訪れ、錆にくるまれた太陽の剣に触れた途端……
ビリッ、と感電したかのようには弾かれるヒルダ。
“これはヤバい、ヤバ過ぎるわ! 威力は本物よ、兄さんだってこのエネルギーにはかなわない。サビてるからと言ってナメちゃダメ!”
そんな狼狽を感じさせる場面です。(RAE29頁)
この演出、秀逸です。稲妻ビシバシを特殊効果するのでなく、ヒルダ一人の演技だけで、この錆びついた剣に眠る威力をしっかりと表現しているのですから。
なまじCG効果がないだけに、ゾクッとさせる凄みがあります。21世紀のアニメでも、なかなか真似はできないでしょう。
ヒルダは悟ります。
なんとしても、ホルスに太陽の剣を鍛えさせてはいけない!
「悪魔になんか勝てやしないわ」とホルスの戦意にケチをつけます。(RAE29頁)
……無謀な挑戦はおやめになって、あたしと仲良くしなさい。双子になってあげるから……と言ったところでしょうか。
この場面のヒルダもいいですね。疲れのせいかドテッと両足を投げ出して樹にもたれていたのですが、ホルスに声をかけられた瞬間、サッと足を曲げて居ずまいを正すところ、なかなかの
そんなヒルダの心境が、ホルスにググッと傾くのが、ピリアの花嫁衣装を近くで見る場面です。
「おむこさんはホルスさ」と指摘されて、ドキッ。内心、そうかも……のヒルダ。
花嫁衣裳を着たピリアの美しさに、刹那、自分を重ねてしまったんですね。
万分の一秒ほどの幻ですが、ホルスにうっとりと見つめられる花嫁衣裳の自分を、想像してしまいました。いけない! と直ちに自己否定したのでしょうが。
しかし「針も使えないんじゃ、お嫁に行けないね」に、ムカッ。(RAE31頁)
一瞬の甘い夢を、たちどころにブチ壊されたのですから、ちょっと可哀そうです。
萩尾望都先生の短編漫画『小夜の縫うゆかた』(1971)にみるように、『ホルス……』の公開当時、裁縫で服を作る技能は、女子として必須と思われていました。
「刺繍なんかできなくたって、もっとあたしにはできることがある!」と憎まれ口を叩き置いて、家を飛び出すヒルダ。(RAE31頁)
しかしこの、“できること”って何なのでしょうか?
大量殺人……かもしれません。ゾッ。
ホルスに対する好意は芽生えつつも、村を滅ぼすヒルダの意志は固いのです。
にしても、魔法の力で不老不死なので、ヒルダは永遠の青春娘とも言えるのですが、同時に人間たちの、生と死の輪廻から完全に逸脱しています。
“東の村”の情景描写は素晴らしいですね。葬送の場面があれば、子供たちが遊ぶ場面も生き生きと描かれます。村人たちの労働が、若い男女、年配の男女それぞれに表現されていて、この世界で生まれる者、死んでゆく者の生命がみな、つながっていることを感じさせます。
それだけに、不老不死のヒルダの孤独感が、視覚的にも強調されますね。婚礼衣装の場面でも、子供たちと遊ぶ場面でも、ヒルダは浮いてしまいます。
その原因は“不老不死の自分”にあるのではないでしょうか。
そういうことなら……
ホルスと結婚して家庭を持つ未来は、果たして幸せな形で不老不死と両立できるでしょうか?
これも彼女の、深刻な悩みとなったでしょう。
だから、ヒルダはムラムラと激しく嫉妬します。目の前の幸せな他人カップルに。
ネズミの大群で村を襲わせた理由のひとつは、その場に居合わせていないホルスに村人の不信感を向けさせることにありますが、まあ半分がたは、ヒルダの乱心と腹いせも重なっていたことでしょう。
*
余談ですが、ピリアの夫ルサンの衣装がそれまで白だったのが、ネズミが襲撃してきたとたんアズキ色に変わったことが、“高速お色直しか?”とか指摘されています。
制作スタッフの彩色ミスと言えばそれまでですが。(RAE33-34頁)
思いますに……
花嫁のドレスはオーダーメイドでも、旦那の礼服は貸衣装で節約していたのでしょう。この時代、真っ白な生地はとんでもない高級品。女性はともかく男の方は、たぶん村長から借りて、アズキ色の平服の上に羽織っていたのです(じかに着ると、裏側に汗がついて汚れますから)。それに、白い服を着るなんて一生に一度ものではないかと。
そこにネズミの襲撃、白の礼服を着たままだと汚れて台無しになるので、サッと脱いで安全な高所に隠し、その下に着ていたアズキ色の平服でネズミ退治に加わったと思われます。花束ブローチは外して平服に付けました。これは本物の花なので、放置すると白い礼服を花粉で汚しますから。
これとは別に、ルサンの服が白とアズキ色のリバーシブルだった可能性もありますが、そこまで凝った縫製は当時の技術では大変過ぎるでしょう。
いやしかし、ピリアって可愛いですね。脇役なので絵的には平凡なイメージでも、その表情、仕草、身体の動きが絶妙の、性格美人。セリフなんかほんの一言なのに、バシッと印象に残ります。傑作キャラの一人だと思います。
*
この時ヒルダは決意します。
ホルスの殺害は延期。その前に内戦に巻き込む。
彼の立場を崩し、追い詰めて、人間の醜さを思い知らせる。
そうすることで、なんとしても悪魔の側へ転ばせる!
そうなれば、ホルスを殺さなくてもよくなる。
ホルスと一緒に暮らせる。
幸せな結婚は無理でも、あたしの孤独で淋しい日々は、終わりを告げる……。
だから、ホルスから斧を奪い、ネズミの襲撃を実施しました。
ホルスが村におらぬ間に、ネズミが襲撃する。
これはホルスの仕業ではないか? と、村人の疑念を掻き立てるのです。
しかし、ヒルダの嫉妬の餌食となったカップル、ルサンとピリアの愛は、ネズミの大群ごときで傷つくことはありませんでした。
互いにいたわり歩む二人の姿は、ヒルダに衝撃を与えます。
憎しみに近い嫉妬が和らぎ、私もああなりたい! ……という、リスペクトを交えた羨望へと、感情がつかのまチェンジしたと思われます。
ヒルダは一歩、人間に近づいたことになります。
それは、ホルスを好いているからですね。
ホルスが好きだから、人間社会に、かすかながら慈しみを感じ始める。
ホルスがいなかったら、彼女には、人類への憎しみしかなかったでしょう。
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