26●罪にまみれた愛①……ホルスは悪魔へ転向させよう

26●罪にまみれた愛①……ホルスは悪魔へ転向させよう




 ヒルダとホルスの険しい恋路の中で、最も気にかかるのは……

 ヒルダがいつ、どのようなきっかけでホルスを愛するようになったか、ですね。


 なにぶん、暗殺者アサシンがそのターゲットと恋に落ちる関係ですから。

 緊張感ピリピリです。

 確かめてみましょう。


       *


 ホルスの誘いを受けて、まんまと東の村へ乗り込むことに成功したヒルダ。

 彼女はグルンワルドから、二つのミッションを命じられていました。


 第一のミッションは、ホルスの殺害。

 それによって“太陽の剣”の再鍛造を防ぐのが狙いです。

 第二のミッションは、村の内戦工作。

 従来から進めてきた人類殲滅作戦の延長であり、歴戦のヒルダにとっては、ルーティンに等しいお仕事です。


 さて、物語の導入部で怪鳥(大鷲)に拉致されたホルスは、落下した雪山でグルンワルドに初めて対面した瞬間から「やっつけてやる。叩きのめしてやる!」(RAE13頁)と豪語しています。

 若気の至りとはいえ、これは人類から悪魔への宣戦布告。

 カッとなったグルンワルドはホルスを谷底へ落としますが……

 どっこいホルスは生きていて、グルンワルドの手下である大カマスを倒します。

 これを見ていた銀色狼は早速グルンワルドにご注進。

 ホルスの生存を知ったグルンワルドは、またまた怒って、「行け、今度こそ一呑みにしろ」と、東の村への襲撃を指示します。(RAE58頁)

 もちろんこの指令は、魔族軍の副司令官の立場にある、“妹”ヒルダをスルーしてはならず、いったん彼女を経由して銀色狼に正式命令が発せられたことでしょう。

 そこでヒルダは、狼群の襲撃を利用して、自分が村へ侵入できるよう算段したものと思われます。

 直接的にはヒルダの命令で、狼の大群が村へ放たれます。

 ホルスの迅速な反撃で二匹の銀色狼のうち一匹を失うも、もう一匹によってホルスを湖畔の廃村へと誘導。ヒルダが邂逅します。

 ホルスの善意を利用して、東の村へ招き入れてもらうことに成功します。

 村の誰にも怪しまれない形で、ヒルダが村に迎え入れられること。

 これが作戦の第一歩となります。


 というのは……

 ホルスが“東の村”に居ついてしまった以上、“ホルス殺害作戦”と、“東の村殲滅作戦”は、セットで実行するしかないからです。


 しかし、ホルス殺害作戦には、最初から小さなほころびが潜んでいました。


 魔女ヒルダにしてみれば、ホルスは“太陽の剣”を武器に、兄グルンワルドの命を狙う、敵の刺客となります。

 兄の命を守るには、ホルスを殺さねばなりません。

 しかし、ヒルダはホルスを心から憎んでいたわけではありません。

 一人で孤独な内戦工作、無数の人々を死に追いやり続けて幾星霜……

 あまりの淋しさに、自分を理解してくれる仲間を切望していました。


 グルンワルドは嫌いではありませんが、やはり性格的な欠陥が目につきます。威張り散らすしワガママだし、文句垂れで、さすがに鬱陶しく、だからヒルダは、立場を同じくする友達に等しい“同志”を必要としていたのです。


 そこで、ヒルダにとって、最も良い状況は……


 “ホルスを、悪魔の側に転ばせること”


 これがヒルダの心の中に、密かなミッションとして持ち上がったと思われます。

 ホルスのグルンワルドへの宣戦布告を翻意させ、悪魔の弟になることを承諾させるのです。

 ホルスに囁いた「あたしたち兄妹ね」(RAE25頁)は、ホルスをはぐらかすために適当に言った出まかせのセリフでなく、ヒルダの具体的な願望であったでしょう。


 ホルスを、悪魔の仲間に引き込みたい……

 そして、あたしの、きょうだいになってほしい。

 その思いが、ヒルダの殺意を少しずつ、狂わせていきます。


 一方グルンワルドは、“さっさとホルスを殺してしまえ”の気分でした。

 とにかく短気な人……いや、短気な悪魔です。

 俺様がせっかく弟にしてやろうというのに、断りやがって……というムカつきで、すっかり冷静さを失っています。

 その点、ヒルダは深謀遠慮。

 ヒルダは、殺そうと思えば、いつでもホルスを殺せます。

 その魔力は、ホルスひとりを殺すなら、余裕しゃくしゃく。

 太陽の剣を再鍛造していないホルスなんて、イチコロであの世に送れます。

 なにしろ、ヒルダに一片の疑いも抱いていない、単細胞のお人好し。

 背後から懐刀でグサリ。斧を奪って脳天唐竹割り。つまづかせて鍛冶場の火炉に頭を突っ込むとか……

 ……そんなこと、いつだってできるわ。焦らなくていい。

 落とし穴もいいかしら……あ、これはダメね。どんなに高い所から落ちても死なないバカだもの。

 そんなことを考えたかもしれません。

 “いつでも殺せる”のだから、その前に、ホルスを仲間にする方法はないかしら……

 “できれば殺さず、仲間にしたい”という心理が、彼女も意識しないまま、ホルス殺害をずるずると延期させます。


       *


 そのかたわら、ヒルダは村の内戦の火種となる対立勢力を把握し、自身の安全をはかりつつ、互いに争うように仕向けていかなくてはなりません。内戦工作です。


 村に滞在するヒルダは歌の魔力で、人々をうっとりと、怠惰な気分で満たします。

 村の人々から自分に対する猜疑心を取り払い、村長以下、全員を油断させて、内戦工作に役立つ情報を得るためです。

 早速、ドラーゴが引っ掛かります。

 村長に下剋上を仕掛けるときがきたら、「すべてが私に服従する」唄を歌ってくれと持ち掛け、ヒルダは「いいわ」と協力を約束します。(RAE30頁)

 これで、内戦の構図が、ヒルダの中に出来上がります。

 ヒルダの唄で村人たちを操れる……と期待して自信を得たドラーゴが、村長に対してクーデターを起こす。これに村長が反撃して、村を二分する泥沼の闘いになればいいのです。


 そこでヒルダは思いついたことでしょう。


 、ホルスの心境を変え、悪魔の側に寝返らせたら、なにもかもうまくいくのだわ……と。


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