24●原罪の地、ふたたび①……静かな湖畔の、白き廃村にて

24●原罪の地、ふたたび①……静かな湖畔の、白き廃村にて





 ところで、二人が14年を経て再会し、最初に言葉を交わした場所……

 この、湖畔の廃村は、どこなのでしょう?

 ひょっとして、ここも、ヒルダが滅ぼした村なのでは?

 そんな疑問が、浮かびますね。


 この廃村は、イメージボードの段階では「ホルスがうまれた村と同様、悪魔に操られ、同士討ちで絶滅した村」(RAE150頁)とされています。


 とすれば、ここはヒルダが内戦を仕掛けて滅ぼした村ということになります。


 もう一歩踏み込んで推論するならば……


 ここは、ヒルダ自身が滅びに加担した、記念すべき最初の村……である可能性があります。


 しかし、ホルスが「きみは、ここの人、この村の?」と尋ねたとき、ヒルダはかむりを振って否定します(RAE60頁)。

 この否定を真実と考えるか、それとも嘘と考えるべきなのか?


 まず、この廃村が“ヒルダの故郷”でなかったら、ヒルダは当然否定しますし、それが真実ということになります。

 しかしここが“ヒルダの故郷”であった場合でも、ヒルダはこの村の人々に迫害されて、この村から追放される立場だったのですから、そのことをもって“あたしはこの村の人ではない”と、首を振って否定することができます。これも真実ですね。


 それに、どちらにしても、ヒルダは否定するしかなかったでしょう。

 もしも縦にうなずいて、自分がこの廃村の者だと認めると、次にホルスが尋ねるのは、「じゃ、きみのお父さんやお母さんは? 村の人たちはどこへ行ったの?」ということになります。

 これに答えるのは、かなり厄介なことになります。

 まさか、“私がみんなっちゃった”…と、けろりと白状するわけにはいきませんね。

 この廃村の由来を根掘り葉掘り訊かれて、うっかり“悪魔の妹”である自分の正体をホルスに勘繰られては困るのです。


 だからヒルダは、首を振って無言で曖昧に否定し、「あなたはだァれ?」と切り返すことで、ホルスの、この村への関心をはぐらかしました。

 この廃村について、ホルスに詮索されたくないのは確かなようです。


 決定的な証拠はありません。

 あくまで状況証拠しか手掛かりはありませんが、やはり、この廃村はヒルダ自身の故郷であると、私は考えたいのです。


 状況証拠の第一は、二人が立つ廃船の艫に、ヒルダの服の紋によく似た菱形紋が取り付けられていること(RAE24頁)。

 ホルスの故郷や、東の村で見かける紋は、正三角形の連続を基調としていて、ヒルダ風の菱形紋ではありません。

 ヒルダとこの廃村に、何らかの関係が匂わされているのでは?


 状況証拠の第二は、この廃船には、ヒルダが腰かけて竪琴を楽しめる、ブランコのような揺椅子ゆりいすがしつらえてあることです。

 これは明らかに、ヒルダ専用の設備です。

 この揺り椅子は、この廃船に、後付けでつくられています。

 ということは、村が滅びてから後に造られた設備ではないか。

 おそらくヒルダ以外に来客はなく、住む人はいないわけですから、ヒルダ専用と考えられます。

 そもそもヒルダが愛用している以上、素性の知れない赤の他人に座られることを、本人が許すはずがありません。独占欲は強い方でしょうから。

 ならば……


 ここは、彼女がしばしば訪れる、お気に入りの場所。

 作品中で、この廃村の由来は全く説明されていませんが、今のヒルダにとって、強いこだわりのある、特別な場所であることは間違いありません。


 状況証拠の第三は、ホルスが到着したさいに、この村への道を閉ざしていた、不思議な濃霧です。

 これは魔法結界の一種でしょう。

 この霧の結界は、普通の人間には通過できず、ヒルダが選んだ者だけが通ることのできる魔界通路を有しているようです。空間の制約を超えた、一種のワープトンネルがそこに開けられていたのではないでしょうか。


 ホルスはこの廃村へ、東の村から強歩で一夜という短い道程で到達しました。

 この廃村が、物理的にその程度の距離にあるならば……

 すでに東の村の住人に知られていて、何もかも略奪されるか、居心地が良さそうなだけに、むしろ移住先なり別荘地にされていたはずです。

 この廃村の建築水準は、東の村よりもずっと進んでいて、東の村が基本的に丸太小屋であるのに対して、綺麗に加工された板材を用いています。屋根も板葺きです。

 廃船もかなり大きく、その建造技術や加工道具は、東の村の人々が発見したら仰天ものでしょう。

 略奪品として、魅力的です。

 しかし、東の村の人々には、知られていません。

 滅びてはいるが、それからさらに人為的に破壊された様子も、ホルスがみた範囲では、なさそうです。最近の侵入者の足跡などがあれば気付くでしょう。


 ですから、この廃村は、周囲を厚い霧で囲み、目に見えない魔法結界で保護することで、ヒルダが選んだ客だけが訪問を許される、秘密の場所なのです。

 ちなみに、映画『わが青春のマリアンヌ』(1955仏)では、湖と霧が日常と非日常を隔てる結界装置として、効果的に使われています。


 以上三点から、ヒルダが、この廃村と個人的な関りがあり、深い愛着があり、他者に汚されたくない特別な場所として、ながらく人間たちの眼から隠してきたことがうかがわれます。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る