23●なぜ、脱出に成功したのか……乳飲み子ホルスの物語

23●なぜ、脱出に成功したのか……乳飲み子ホルスの物語




 ホルスの年齢は、14歳とされています。(RAE85頁)

 彼の故郷の村は、悪魔に滅ぼされました。

 村を脱出できたのは、ホルスの父親と、まだ赤ん坊のホルス、この二人だけ。

 映像で、ホルスは生まれてまもない乳飲み子の状態と思われますから、ホルスの村が滅ぼされたのは、湖畔の廃村でヒルダと出会う、ほぼ14年前のことになります。


 村を滅ぼした悪魔は、グルンワルド。(RAE54頁のシナリオに明記)

 ホルスの父の、今わのきわの言葉によると……

「そいつは、ワシらの醜い心を利用し、人々をバラバラにして、村を攻め滅ぼした」(RAE10頁)のであり、村人同士が殺し合う悲惨な内戦の様子が画面に重ねられていきます。

 何者かによって、内戦工作が仕掛けられていた、という証言です。

 工作員は、ヒルダ。

 このときすでに、ヒルダは悪魔の妹となって、兄グルンワルドの人類殲滅計画に参加していたのです。

 わずか14年前の出来事ですから。

 そう考えていいでしょう。


 とすれば、村の人々が殺し合う、あの画面の枠外に、ヒルダがいたのです。

 内戦工作という“お仕事”に打ち込むヒルダは、用意周到で抜け目がありません。

 あくまで全滅をタテマエとし、一人残らず丹念に殺したと思われます。


 というのは……

 生存者を残すと、他の村々へ、悪魔の侵攻が知れ渡ってしまいます。

 すると、人類側が防衛策を講じるとか、悪魔を仮想敵として同盟し、村々が団結する可能性があります。

 なかには「妖しい歌で人心を惑わす悪魔の手先に気をつけろ、ヒルダという名の少女だ!」と警告して回る者も現れるでしょう。これではせっかくの内戦工作が着手前から丸つぶれになります。

 これを避けるには、生存者を出さないことです。

 グルンワルドと最初に対面したとき、ホルスは「村を焼きたくさんの人たちを殺すような奴がか!」と激高します。(RAE56頁)

 これに対してグルンワルドは「ほう、いくらかは知っているようだな」と感心しています。

 普通の人は知らないことを、ホルスが知っていることを予期しつつも、内心、多少の驚きがあるのでしょう。

 ……そうか、親父から聞かされていたのか!……と。

 悪魔グルンワルドの人類殲滅作戦は、原則的に隠密の作戦であり、捕虜を認めず殺害あるのみ……という方針で進めていることが察せられます。


 ですから……

 事実、“東の村”の村長はホルスに対して「悪魔など貴様が喋くるだけで、誰も見たものはおらんのだ!」(RAE64頁)と断じます。

 彼も村人たちも、悪魔の存在を知りません。

 だから、悪魔の攻撃が実際に行われていることを認めません。

 村長の暗殺未遂事件は悪魔のたくらみなのだ……と、最初から思い至るはずがないのです。

 それゆえ、同じ人間であるホルスに、“よそ者”という理由だけで嫌疑をかけます。

 これらのこと、脚本段階で、本当によく考えて設計されていると思います。


 悪魔の脅威を認めない人々であるからこそ、人間同士で、“互いに疑わせる”ことができるのですから。


 余談ですが、ヒルダによる“内戦工作”は、グルンワルドの人類殲滅作戦の根幹であり大前提でした。

 しかもそれを、ヒルダ一人に依存していたことが、グルンワルドの首を絞めます。

 グルンワルドの“東の村殲滅作戦”がつまずき、完敗を喫したのは……

 そもそも、ヒルダが、内戦工作を完遂しなかったことにあるからです。

 ホルスが村から追放された時点で、内戦工作は、最終段階の一歩手前に達していました。

 あとはヒルダが、ほんの一押し、きっかけを作ればよかったのですが……

 画竜点睛を欠くが如く、そこで作戦が頓挫してしまったのです。

 最大の要因は、ホルスと、太陽の剣。

 迷いの森に閉じ込めたホルスが太陽の剣の鍛え方に気づき、自力で森を抜けだしたら、グルンワルドの“東の村殲滅作戦”は実行不可能になります。

 そこで、迷いの森の中でホルスを殺害するようヒルダに命じ、グルンワルド自身は慌てて出撃したのです。

 “万が一、ホルスが生き延びて迷いの森から出てきたら手遅れになる。奴が来る前に、村を叩いてしまうのだ!”……という算段ですね。

 この焦りが、自滅フラグを立ててしまいました。

 グルンワルドは焦りのあまり、内戦がまだ勃発していない村に大急ぎで侵攻したわけで、これが最大の敗因になったわけです。

 ……と、閑話休題。詳しくは、のちの章で述べます。


 お話を、14年前に戻します。


 ホルスとその父親の二人は、奇蹟的に、炎に包まれる村からの脱出に成功します。

 どうして、成功したのでしょう?

 完璧主義の魔女ヒルダが、取り逃がすはずがありません。


 とすると、考えられるのは?

 ヒルダが、あえて見逃したのです。


 ホルスと父親は脱出できましたが、母親の姿がありません。

 そこに着目してみましょう。

 私の勝手な推測ですが、このようなことだったかもしれません。


 母親はホルスを抱いて逃げる途中、人間同士の戦いに巻き込まれ、殺されました。

 死体が重なり、文字通り死屍累々の広場に、赤ん坊のか細い鳴き声だけが響いています。

 こときれた母の腕の中で、ホルスは生きていたのです。

 そこに姿を現す、ヒルダ。

 赤ん坊を見下ろし、左手に懐刀を構えます。一気に刺し殺すために。

 しかし、その左手を、右手がつかみ、ためらわせます。

 ヒルダの良心の、刹那のうずき。

 それに加えて、ある重要な直感。

 この赤ん坊は、魔法力を秘めている!

 ヒルダは赤ん坊を抱き上げようとします。

 この子を連れて帰ったら、どうかしら? と。

 しかし、育てる自信は全くありません。

 ほんの数瞬、途方に暮れたヒルダの耳に、母親とホルスの名を呼ぶ声。

 たまたま船で海に出ていて、難を逃れた父親が、駆け付けたのです。

 ヒルダはその場を離れました。

 二人を見逃してやろう。でも、グルンワルド兄さんには報告する。

 「見所のあるヤツ」(RAE13頁)になりそうだと……

 ホルスというこの子は、覚えておこう。

 いつか、仲間になってくれるかも、知れないから……


 たまたま発見した赤ん坊に、ヒルダが都合よく憐憫れんびんの情を抱くものだろうかと、疑問に思われるかもしれません。

 しかし本編で「マウニは助けます、このヒルダが!」(RAE37頁)と、幼い少女マウニを抱き寄せるヒルダの姿を見れば、納得できるような気もします。

 罪なき無垢な人格まで、あやめたくない……それだけは、自分自身に対して、許すことのできない悪行であると、ヒルダは心のどこかで考えていたからです。

 しかし、実際は、皆殺しにしてきました。

 幼い子供たちだけを見逃しても、飢えと寒さで、結局死ぬしかないからです。

 これは、日ごとにヒルダの良心にのしかかる、運命的な良心の呵責かしゃくであったことでしょう。

 14年前、乳飲み子のホルスを目撃したとき、ヒルダはやはり、殺すことにしばしの逡巡を禁じえなかったはずなのです。


 そこで、ホルスと父親を見逃した……

 本来、あってはならない例外として。 

 その行いは、結果的に正しかったのか?

 14年後の今、それは立証されるでしょう。


       *


 そう考えると……

 ヒルダにとって、湖畔の廃村でのホルスとの出会いは、14年前の、悲劇的な過去の罪との再会でもあったのです。


 ヒルダは自覚しています。

 かつて、自分はホルスの故郷を焼き、ホルスの家族も、父親を除いてみんな殺してしまったということを。


 ……ならば、ホルスを孤児にしたのは私。

 私はホルスにとって、最も憎むべき母親殺しの仇敵なのだ。

 このことを知ったら、ホルスはきっと私を殺す……

 ……だから、今からでも、悪魔の側へ寝返ってほしい。

 そうでなければ、私はいずれホルスを殺さねばならないから……と。


 湖畔の廃村で、東の村へと誘うホルスに、「もし住まわせてくれるなら…」と、しおらしく好意を受けるヒルダ。

 その時、彼女の心は嵐のように乱れ、ざわついていたことでしょう。

 自分が滅ぼした村のただ一人の生き残り、それも、自分が好意を抱いて見逃した、たったひとりの少年を、ともすれば、罠にはめて抹殺するかもしれないのだから……


 ホルスの故郷の村に内戦を勃発させた張本人は、ヒルダ。

 ホルスの肉親の命を、父親一人を除いて、すべて奪ったのも、ヒルダ。

 しかしホルスの命を、結果的に救ったのも、ヒルダ。


 ヒルダにとって、ホルスとの出会いは、そのあと、皮肉で悲劇的な展開を見せていきます。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る