22●二人の恋の茨《いばら》道②……凄絶なる再会

22●二人の恋のいばら道②……凄絶なる再会




 ホルスがさまよい込んだ、湖畔の廃村。


 ホルスがヒルダを発見する直前、白い鳥が一羽、空を横切るのが見えます。

 この鳥はフクロウのトトであると(RAE153頁)察せられます。

 トトは、ヒルダにとって、悪魔側のマスコットキャラ。

 ターゲットであるホルスの到着を、あらかじめヒルダに知らせたのです。

 だから、ヒルダは、ホルスを待ち構えていました。


 二人の出会いは、必然だったのです。


 しかしホルスにしてみれば、まったく偶然の出会い。

 しかも可愛い女の子とのボーイ・ミーツ・ガール。

 視線をからめたとたんに一目惚れ。

 もっともこれは、魔法の歌声でヒルダが仕組んだ心理操作でもあったでしょう。

 「淋しくなんかないわ」などと強がりつつ、「陽気な歌」と称してヒルダが歌ったのは……

 淋しい小鳥の歌。

 これでホルスはイチコロ。

 「本当はきみも淋しいんだね」(RAE25頁)

 素直な善意で、自分の村へ誘ってしまいます。

 すべて、ヒルダの思惑通り。


 ただでさえ単細胞なホルスが、ヒルダのたくらみに気付くはずがありません。

 ホルスは実年齢が14歳(RAE85頁)。

 ヒルダは外見年齢こそ15歳ですが、グルンワルドからもらった“命の珠”の魔力によるものか、あるいは彼女の固有魔法力で加齢が停止したまま、長年、人間の村を滅ぼし続けてきたので、実年齢は不明です。実際は三桁に達しているかもしれません。

 21世紀の“美魔女”たちが足元にも及ばぬ、人間離れした若々しさ。

 だって、本物の魔女ですから。(先述の“第三の結末”に準拠しています)

 文字通り“身体は子供、頭脳は大人”状態なのです。

 ホルスが、対等に付き合えるはずがありません。が……


 そこでひとつ気になるのは、出会ったばかりのホルスに言った、ヒルダのセリフ。

「あなたも? じゃあ、あたしたち兄妹ね(中略)、双子だったのよ……」(RAE25頁)


 これまた、謎のセリフです。

 なんとも唐突で、取って付けた感じの言葉です。

 初対面? で、なれなれしくも、“双子”にしてしまいました。

 もっとも、ヒルダが実年齢を告白するはずがありません。

 不老不死のまま幾星霜……ですし。ホント、何百歳なんだか。

 実年齢はとんでもなく離れていて、出身地も親も異なるのですから、兄妹関係であるはずがありません。

 しかし、ホルスとの、この出会いの場面は、ヒルダが計画的に仕組んだものです。

 ホルスが住む“東の村”の住民に怪しまれず、自然ななりゆきで村へ連れて行ってくれるように、ホルスを誘導しようとしています。

 だから、慎重に言葉を選んでいます。

 意味もなく、口にしたはずがありません。


 そこで、“兄妹”といえば……

 ジブリアニメの『コクリコ坂から』(2011)が思い浮かびますね。

 好きになった男の子との関係が、もしかして、血を分けた兄妹? となったとたん、ヒロインの少女に対する彼の態度が、ガラリと変わります。


 まずは、そういうことでしょう。

 ヒルダは、ホルスに対して、最初にぴしゃりと押さえたわけです。

 “あたしたちは、性的関係になりえません!”と。

 だから、いくらあたしが魅力的でも、変な気を起こしちゃダメよ。……という忠告ですね。


 首尾よく村に潜入できたら、内戦工作や何かで忙しくなるんだから、あたしにデレデレして、お仕事の邪魔なんかしちゃいけません! ……ということなのです。


 そしてもうひとつ、別な意味もあります。

 こちらの方が、ヒルダの心情からすれば、重要なことなのですが……


 ホルスがグルンワルドと遭遇したとき、「弟にしてやろう」との誘いを受けて、けんもほろろに全面拒絶、すったもんだで断崖の上から突き落とされた事件がありましたね。(RAE13頁)

 あのときホルスがグルンワルドを受け入れて、彼の弟分になっていたら、ホルスとヒルダの関係は、兄妹きょうだいになります。

 見かけの年齢が近いから、“双子の兄妹ね”ということです。

 

 といっても、血縁のない、養子縁組みたいなものですが……


 これを、ヒルダは密かに、心待ちにしていたのでしょう。

 だって、寂しいんだもん……というのが、偽らざる本音。

 初めて、一緒に働いてくれる仲間ができるかも、きっと楽しくなるわ!……と期待していたはずです。


 だからヒルダは、仄かな願いを込めて、ホルスにささやいたのです。

「じゃあ、あたしたち兄妹ね(中略)、双子だったのよ……」


 暗に、“恋人はダメ、でも、双子の兄妹なら、いいのよ!”と宣言したのと同じです。ヒルダはやんわりと、そう、ホルスに暗示をかけたのです。


 “まだ、間に合うわよ。あたしの、双子のきょうだいになりなさいよ!”


 まさに悪魔のささやき、魔女の誘惑なのですが、ヒルダはやはり、最初に逢った時から、ホルスに、ちょっとした好意を抱いていたのでしょう。


 この時のヒルダの、ホルスに対する感情は、こんなところでしょう。


“いずれ近いうちに、あたしは村を攪乱して、内戦を起こさせる。そのとき、ホルス、あなたの道はふたつ。あたしの仲間になるか、敵に回るか。敵になったら、あなたを殺す。あたしには、あなたよりも、ずっと強い魔力があるのだもの。簡単なことなのよ。すぐにでもできること。でも、できれば殺したくない。あたしは淋しいのだから。ね、ホルス、あたしの仲間におなりなさい。間に合ううちに、グルンワルド兄さんに、OKって言うのよ。それだけで、あたしたちは楽しく暮らせる。いいかげんに、あきらめて、言うことをお聞きなさい。どうせ……あたしには勝てやしないわ、その斧でも、あの剣でも!”


 殺すのもいいけれど、できれば、仲間に取り込みたい。

 しかしこれが、意外と、ヒルダの心の、しこりになっていきます。

 ホルスへの殺意がゆらぎ、グルンワルドから命じられている内戦工作やホルス殺害の実行が、ずるずると先延ばしになってゆくのです。


 その最大の原因は……

 ホルスへの好意が芽生えていること。

 ホルスに最初に出会ったときから……


 ヒルダは、心の中で、こう独白したでしょう。


 “そう、本当に、最初に出会った時からなのよ。

 それは、湖畔の廃村、朽ちた船でまみえた、今のことではなく……

 十四年ほど昔。

 ホルス、あなたの故郷の村を、あたしが滅ぼしたときのことなのよ!”


 湖畔の廃村、朽ちた船で出会った二人。

 それは、およそ十四年ぶりの再会だったのです。


 運命的な、主人公二人の出会い。

 他のアニメ作品に類をみない、凄絶な出会いであったといえましょう。




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