21●二人の恋の茨《いばら》道①……仕組まれた出逢い

21●二人の恋のいばら道①……仕組まれた出逢い





 これまで述べてきましたように……


 『太陽の王子ホルスの大冒険』の主人公は、

 表面的にはホルス、裏面的にはヒルダです。

 “子供向け”に設計された、主人公ホルスの物語。

 “大人向け”に設計された、もう一人の主人公ヒルダの物語。

 二つの物語が、表裏あいまって一編の叙事詩を成しています。


 さて、ヒーローとヒロインが出会い、深い心の絆を結び合い、美しい恋愛を成就させるのは、『君の名は。』を例示するまでもなく、青春アニメの切っても切れないお約束です。


 『太陽の王子ホルスの大冒険』でも、“子供向け”作品として、露骨な表現は抑えていますが、ホルスとヒルダの熱い恋物語が水面下のドラマをなしています。


 表層的な“子供向け”ドラマの主人公であるホルス少年は、男の子の冒険である、人類の敵、悪魔との戦いに忙しく、ヒルダとの交際はいたって淡泊に描かれています。


 とはいえ、ホルスはヒルダに出逢った瞬間から、ボーッと見惚れて心奪われているのですから(RAE25頁 右下から三コマ目)、無関心のはずがありません。

 もう、典型的テンプレな一目惚れ。

 ですから、当時の男の子なりに彼女に自己アピールをしています。

 ただしそれはどうしようもなく、“上から目線”。

 本人、威張っているつもりはないのですが、要するに、武骨で不器用なのです。


 出会ってしばらくはヒルダの淋しさを慰めつつ、人類の敵グルンワルドを打倒する自分の戦意をひけらかしてしまいます。

 男は使命に生きるんだ! と。

 『ホルス……』の公開当時、1968年は、四年前の東京オリンピックの興奮が同年のメキシコ五輪で盛り上がり、バレーボール“東洋の魔女”の監督の名著『おれについてこい!』が大ヒット、世を挙げて“モーレツ、スポコン”の時代でした。

 男は黙って努力と根性! なわけでして、それで高度成長していたのですから、誰も文句を垂れません。

 なにぶん体力少年のホルス、重量挙げよりは体操選手のイメージですが、21世紀の今から見れば、相当に武骨で不器用で当然です。


 それゆえに……

 ヒルダが悪魔の妹と知ったならば、ヒルダの中の悪魔を追い出して、真人間に更生させるべく、説教攻勢をかけるばかり。

 ヒルダと刃を結びながらも、「そのヒルダを追い出すんだよ!」(RAE45頁)と頑なに諭す場面が印象に残ります。

 “きみは悪い子なんだから自分で性格を直しなさい”と叱っているようなもので、説得力は皆無。これで反省する不良少女なんて、どこにもいないでしょう……


 もっとも、この不器用さに、ヒルダはわりと惚れているように思えますが。


 とはいえ……

 ヒルダの側からみれば、ホルスとの恋路は、最初の出会いから、じつは、とんでもない過酷な運命に直面していました。

 茨の道とはこのことです。


 ラストシーンで、ほっとしてホルスと手をつなぐ直前まで、人知れず苦しみ煩悶し、命がけの局面を経て、自らの死まで覚悟するのですから。

 それはもう、大変なめに遭ってきたヒルダ。


 なのに、ホルスは、ヒルダの涙と汗の艱難辛苦など、どこ吹く風。

 ラストシーン直前では、生死不明のヒルダを忘れてか、呑気に村の再建工事にいそしむ朴念仁ぶりでした。

 ヒルダにしてみれば、彼と手をつなぐ前に一発蹴りを入れてやりたい心境だったでしょう。


 しかし……

 そんな二人の出逢いからエンドマークまでの恋路には、作品中で全く説明されていない、複雑にして凄絶な恋愛事情が横たわっていたのです。


 湖畔の廃村でのボーイ・ミーツ・ガールから、エンドマーク直前のヒルダの複雑な微笑…あれは間違いなく無言のプロポーズ…までの、疾風怒濤の恋物語。


 “大人向け”物語の主人公であるヒルダの、秘められた恋のいばら道を、辿ってみましょう。


       *


 二人の出会いのシーンを振り返ってみます。


 村を襲撃した銀色狼を追跡するホルスとコロは深い霧を抜けて、不思議な空気感の漂う廃村に迷い込みます。

 静謐な湖のほとりに、半ば沈んだ廃屋の群れ。

 朝日に照らされた家並は、どこかアンドリュー・ワイエスの名画を思わせる美しさですが、これはある意味、死の世界でもあります。


 鳥のさえずりだけが録音BGMみたいに流れてきますが、動くものはありません。

 さざ波ひとつなく、鏡のように凍結したかのような湖面。

 虫一匹、姿を見せず、死んだように静止した世界。

 そこへ、ホルスの耳に細く響く、ヒルダの遠い歌声。

 それは、小鳥を呼ぶ歌。

 歌詞そのままに引き寄せられ、歌声を追って、廃村を歩むホルス。

 そう、この歌は、小鳥のようにホルスを呼んでいる。

 この一連の場面は、全編を通して屈指の美しさです。(RAE22-23頁)


 ロマンアルバムのフィルムストーリーでは、この湖畔の廃村に入る場面だけで、ページの見開きをドーンと割いています(RAE22-23頁)。ここだけの、異常に大きな扱いです。理由は不明ですが、“湖畔の廃村”が極めて重要な場所であることを物語っていることを感じさせます。


 事実、そうなのです。

 ここは、ただの廃村ではありません。

 のちの章で詳述します。




 歌声が途切れると……

 大きな廃船のともに腰かけて、竪琴をつまびくヒルダの後ろ姿が現れます。

 これは船の船尾です。船体の画面左側に、水面に下ろした舵の棒が認められます。


 背筋が鳥肌立つほどに、見事な登場です。

 まるで、すべてが計算し尽くされたかのように……


 実際、そうだったわけです。

 これは、仕組まれた出逢い。

 ホルスを銀色狼に誘導させて、おびき寄せた場所、それは……

 ヒルダが、ホルスの住む“東の村”に潜入するための、完璧な舞台装置でもあったのですから。


 

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