20●永遠の寓話②……魔女ヒルダの物語②
20●永遠の寓話②……魔女ヒルダの物語②
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グルンワルドはヒルダを気に入りました。
この魔女は、本物だ……。
この可憐な魔女を利用すれば、彼がもくろむ人類殲滅作戦は、ずっと効率的に運ぶでしょう。
ターゲットの村にこの魔女を潜入させ、村人を互いに殺し合わせれば、狼やカマスや鼠で正面攻撃をするよりも、容易に勝利を得ることができる。
いわば“トロイの木馬”方式だ。
人類への抵抗戦線の司令官として、適切な判断でした。
グルンワルドはヒルダを誘います。
“もう、どこの村も、おまえを住まわせてはくれまい。人間の世界に、おまえの生きる場は、無くなったのだ。ならば、俺とともに戦うがいい。俺の妹にしてやろう……”
ヒルダも、グルンワルドの申し出を受けました。
自分を肯定する人は殺され、それ以外のあらゆる人間に否定され、そして、あらゆる人間を否定した自分には、ほかに身を寄せる場所はなかったのです。
それから二人は悪魔の兄妹として最強のタッグを組み、人間の村を次々に滅ぼしていきました。
その一方で、グルンワルドは気づいていました。
ヒルダの魔法力は、本人が思っているよりも強くなりつつあったのです。
いずれ、俺様の魔法戦闘力を凌駕してしまうだろう……と。
それを見越して、グルンワルドは、自分の魔法力の一部を分封した“命の珠”をヒルダに与え、あたかもそれがヒルダの魔法力のすべての源泉であるかのように暗示をかけたのです。
ヒルダが強大化して、自分を裏切ることを防ぐために。
ヒルダの固有の魔法力は、村々を滅ぼす闘いの経験値を上げるごとに強くなり、しかも作戦が成功し続けたため、グルンワルドはいつしかヒルダに多くを任せるようになっていきました。
ヒルダが潜入して村人たちの醜い心を利用して内戦を勃発させ、おおむね死に果ててしまったところに、グルンワルドが猛烈な寒波を伴って侵攻するのです。
グルンワルドの仕事は、ほぼ、雪を降らせてすべてを白く包み込む、戦場の綺麗な後始末だけで済むようになりました。
ヒルダは潜入工作員として極めて有能でしたが、その反面、料理や裁縫といった家事はまるきり不得手でした。
本人が怠けていたのではありません。おそらく良家の子女で、やや過保護な環境にあったからでしよう。
ですから、幸か不幸か、グルンワルドがヒルダをメイドにしてこき使うことは、ありませんでした。
“とにかくヒルダ、おまえの魔法力は何から何まで、オレの“命の珠”あってのおかげなのだ。だからオレに従うのだぞ……”と、グルンワルドはまんまとヒルダを騙し、マインドコントロールに成功したのです。
ヒルダはそれを信じていました。
もともと人を信じやすく、嘘をつかない、純心な少女ですから。
だからこそ近親者や友達を信じて裏切られたのですが……
こうしてヒルダ本人は、自分の魔法力のすべてが“命の珠”から発生していると信じたまま、何年も何十年も、ひょっとすると何百年も、けっこう怠け者のグルンワルドを助けて、人間の村々を滅ぼし続けていったのです。
死に追いやった人の数は、幾千か幾万か……
そして、じつは気付かないうちに、自分の内面に強力な固有の魔法力を蓄えていきました。
だから、物語のクライマックス近くで、“命の珠”を放棄してフレップに与え、雪狼に乱打されても、失神するだけで終わったのです。
あのときヒルダが力を失って倒れたのは、むしろ精神的な限界を超えたことが原因でしょう。凄まじい自責の念です。
“ホルスと同じ人間に戻りたい、でもあたしは殺人鬼、ならばせめて人間として、ここで罪をあがなって死のう”と決意したのですから……
このとき彼女の“自責の念”には、“人間を殺し続けてきた罪の重さ”だけでなく……
“あたしが、グルンワルド兄さんを滅びへ追いやってしまった”……という、新たな悲しみが加わっていました。この点も後の章で触れます。
そして、ヒルダは自らの魔法力で、春の野によみがえりました。
自分で自分を殺す力よりも、生きてホルスに逢いたいという、愛の力が
彼女はホルスを愛する一心で立ち上がり、運命に引き寄せられるかのように、村へたどりつきます。
でも、自分が本当は魔女であることを、口にできません。
ここまできて、ホルスに嫌われたくない……当然の心理ですね。
ただ黙して微笑み、ホルスと手をつなぎ……
一見幸せな“子供向け”のエンディングを迎えたと思われます。
こうしてヒルダは、重い、あまりにも重い原罪を背負ったまま、人類社会の中に身をひそめました。
歴史的な大量殺戮の裏の張本人であり、そのことを誰かが知ったら、「全滅娘!」と後ろ指をさして、逃げていくことでしょう。
しかし、そもそも彼女の不幸を生み出したのは……
悪魔でなく、人間。
彼女が心から信じた両親や近親者や友達、そして村の、偉い人たち、なのです。
同じ人間に絶望を強いる人間が、こんなにもいる……
ヒルダは人間であるからこそ、人間に絶望したのです。
そして21世紀の人類社会は……
申すまでもなく、今に至ってすら、無数のヒルダを生み出しています。
わざわざ悪魔の力を借りなくても、理不尽な虐待や殺戮は、世界にいくらでもあるのですから。
おそらく、たった今も、“何人ものヒルダ”が、同じ人間によって、命を蹂躙されているはずです。
ですから『ホルス……』は決して、子供だましのアニメではありません。
現代の、私たち大人の社会に向けた、鮮烈極まりない、永遠の寓話なのです。
ヒルダの不幸と原罪は、ホルスと生活することで、癒されていくのでしょうか?
深い余韻が、エンドマークに重なります。
「なりたくないわ、人間なんかに!」
ヒルダのこの叫びは、ヒルダひとりの心の叫びではないのです。
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