16●第三の結末④……魔女ヒルダは、未来に魔を秘める
16●第三の結末④……魔女ヒルダは、未来に魔を秘める
これまでに記述してきましたように……
“ヒルダにもホルスにも先天的な魔法力が潜在しており、だから悪魔グルンワルドは両名に魔族へのスカウトを試みて、ヒルダは採用できたが、ホルスからは採用内定を断られた”……という関係になります。
したがいまして、ヒルダは、“命の珠”に依存しない固有の魔法力を秘めています。
しかし奇妙なことに、ヒルダは自分の魔法力の全てが、“命の珠”の魔力に由来するものだと思い込んでいますね。
というのは……
迷いの森に墜ちて、もがき苦しむホルスを見て、グルンワルドは嘲笑います。
ヒルダはそれに反論、「笑えないわ、兄さんは!」(RAE42頁)と逆らいます。
プチっと切れたグルンワルド、ヒルダに幻影を見せます。
ホルスの剣によって、命の珠を断ち切られ、ホルスに殺されるヒルダ。
これはグルンワルドの魔法ですが、そのリアル感、たいしたものです。
VRゴーグルなしの裸眼に、三次元バーチャル映像を見せるようなものです。
「お前はこうして死ぬ」と脅す、グルンワルド。(RAE42頁)
“命の珠”を失ったら、お前は魔法力を失い、命も失うぞ……と。
このときヒルダは苦悶の表情で床に倒れ伏し、“命の珠”を無くした自分が死に直面する恐怖と、ホルスに切り殺される哀しさに顔をゆがめています。
ヒルダは、自分の魔法力のみならず、自分の生命のすべてが“命の珠”に委ねられていると認識しているわけです。
「あたしには悪魔の呪いがかけられている……」(RAE24頁)とヒルダが述懐するのは、このことではないでしょうか。
「人間どもはいずれ死ぬ。だがヒルダさまは永遠だ。グルンワルドさまがくだされた命の珠が、守ってくださる」(RAE37頁)と、トトは告げます。
この言葉がヒルダを悪魔グルンワルドへ縛り付ける呪いの内容を説明しているのではないかと思います。
だから、“命の珠”を失えば、ヒルダは死ぬよ……と。
文字通りの呪縛でしょう。
“命の珠”を使って、ヒルダに服従を強いる。
これがグルンワルドの、ヒルダへのマインドコントロールの、本当の正体であると思われます。
しかしヒルダへのこの暗示は、真っ赤なウソだったのです。
“命の珠”が無くなっても、ヒルダは自分の固有の魔法力で、生きてゆける。
それが真実でした。
しかしヒルダは、グルンワルドに逆らいこそすれ、憎んではいません。
グルンワルドに心底から憎しみを抱いていれば、この程度のことでグルンワルドに屈服するはずがなく、どうにかして復讐しようと考えるでしょう。
思えば何十年だか何百年だか……
悪魔の
相方同士の義理、人情、馴れ合い、腐れ縁と言うべきなのか……
悪魔デュオの腐れ縁の裏側には、おそらく次の事情もあったのでしょう。
“もう、ヒルダなくして、グルンワルドはやっていけない”
グルンワルドは口が裂けても言わないでしょうが、ヒルダが村々に潜入して実施してきた内乱工作は連戦連勝で無敗記録を更新中、文句なしに成功し続けていたのです。となると……
いまや人類殲滅作戦は、ヒルダ無くしてはありえないのです。
これは確かです。
ヒルダが失敗続きの不要な人材、いや、魔材ならば、短気なグルンワルドは早々にヒルダを解雇、クビにしていたことでしょう。
しかしもう、グルンワルドはヒルダを失うことはできない。
だから、“命の珠”を使ったマインドコントロールに頼り、ヒルダに仕事を……すなわち、村々を内戦で滅ぼす工作員としての作戦を、遂行させ続けているのです。
その証拠に……
「笑えないわ、兄さん!」とヒルダが逆らったときのことです。(RAE42頁)
これはヒルダがケンカを売っているのでなく、グルンワルド兄さんの将来を思って忠告しているのですね。憎しみや怒りは一片もないのです。
しかしグルンワルドはカッとなったら見境の無いトンカチ悪魔。全身が氷みたいなものですから、頭が固くて当たり前。
「ホルスにとどめを刺せ」と命じます。
「イヤです!」と拒絶するヒルダ。
続けてヒルダは「北の国へ帰ります」と、お暇乞いをします。
事実上の“辞職願い”。
グルンワルド、ギクッとします。けれど表面には出さず高笑いし、剣を掲げたホルスが襲い掛かる幻影を出し、ヒルダを脅して従わせます。
しかしこれは逆に、グルンワルドにとって、ヒルダはもう絶対に欠くことのできない貴重な戦力になっていることを意味しますね。不可分の関係です。
多分これまでも、グルンワルドはヒルダがブラックな激務にくじけて辞表をチラ見せするたびに、おだて、すかし、なだめて、時には特別ボーナスを約束して、働かせてきたものと思われます。
その最終的な脅しが“
これが両者の“腐れ縁”ということになるのでしょうか。
そして……
あまりにも長く、“命の珠”の呪縛に慣らされてしまったヒルダは、深く考えることをやめて、グルンワルドに従っていく…いや、従ってあげる…ことで、納得していたのではないでしょうか。
“
これもまた、ひとつの呪縛であるように思います。
*
しかしながら、ホルスが現れたことで、ヒルダの人生は変わりました。
*
『太陽の王子ホルスの大冒険』の物語が、“第三の結末”を迎えたとき……
春の野山をさまよいながら、ヒルダは、ついに自覚したのではないでしょうか。
“あたしは魔女だった……最初からずっと、魔女だった”
魔法力があったからこそ、極寒の雪原で生き延びてしまった。
しかも不死で。
……ということは、“命の珠”から授かっていたはずの、永遠の生命は、自分自身の魔法力ということなの?……あたしはこれからも不老不死なの!?
そして、こうも考えたと思います。
グルンワルド兄さんは死んでしまった。
あたしの魔法力は解放されてしまった!
そんなこと、望んでいなかった。
普通の、人間の女の子になりたかったのに……と。
やがて、村へたどり着き、ホルスと再会したときに見せた、あの複雑な表情……こんな私でも、いいかしら……と言いたげな、不安と切望の交錯した
それはしかし、ヒルダの中に、まだ衰えることのない、強力で危険な魔性が宿っており、本人も、それを恐れていたからではないでしょうか。
それはホルスへの無言のプロポーズでありながら……
そのときヒルダは、心の中で覚悟を決めて、こうささやいていたのだと思います。
「一緒に暮らしましょう、ホルス、あなたにも魔法力があるのだから」
*
第三の結末は……
第一の結末のハッピーエンドではなく、
第二の結末のバッドエンドでもありません。
最後の画面に描かれた「おわり」の文字が、「つづく」に変わるのです。
物語は、終わりません。
というのは、ヒルダは……
再び未来の人類を内戦に導き、文明を崩壊させうる強大な魔力を秘めたまま、人類社会に静かに溶け込んでいったことになるからです。
人類は、爆弾を抱えたのです。
ヒルダは、ことあれば人類文明に破滅をもたらす自爆装置であり、おそらく、グルンワルドを倒した人類が慢心のあまり世界に致命的な害をなそうとしたときに、人類を地球から一人残らず駆除する安全装置として機能していくことでしょう。
神様が選んだ、最後の審判の代行者として……
それが、『太陽の王子ホルスの大冒険』の真の結末ではないか、と思うのです。
これは悲劇であり、シニカルな喜劇でもあります。
第三の結末から、読み取れるメッセージは……
“彼女は未来に魔を秘める”
あくまで個人的な見解ですが……
筆者としては、この第三の結末を妥当としたいのです。
*
“ヒルダには固有の魔法力が残されており、だから生き返った”
“そしてホルスにも、本人が自覚していない魔法力が潜んでいる”
この“第三の結末”を採用すると、物語中のさまざまな疑問が、かなり合理的に説明できます。
以降、本稿はこの“第三の結末”を基本に、論考を進めてまいります。
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