15●第三の結末③……魔女ヒルダの“固有魔法力”

15●第三の結末③……魔女ヒルダの“固有魔法力”





 “命の珠”に依存しない、ヒルダ固有の魔法力とは、どのようなものでしょうか。


 漠然とはしていますが、“命の珠を操作しているか否か”を目安としてみます。




 すると、考えられる事例が三つあります。


 一つは、もちろん、ヒルダの子守唄が村人の労働意欲を喪失させる“幻惑魔法”。

 ヒルダの唄は四種類歌われていますが、そのうち村人たちに対してコンサート形式で歌われているのは“ヒルダの子守唄”だけです。(RAE26頁)

 曲想は穏やかですが、歌詞には神様が罪ある生き物を冷酷に処断する場面が描写されています。処断された獣はおそらく生きておれず、事実上の極刑です。

 まるでこれから、ヒルダがこの村に起こそうと目論む惨事を予告するかのように。

 この歌は、ヒルダの、東の村に対する宣戦布告であり、死刑宣告でもあるのですね。たぶん……


 それにしても、大変よくできた曲とはいえ、それを聞いている私たちが村人たちほどに幻惑されるかと言えば、そうではないという方もおられるでしょう。

 おそらく、曲と歌詞とヒルダの歌声の効果は、むしろ聞き手の心を開かせて、ヒルダの魔法力に対して油断させることにあつて、本来の幻惑効果は、魔女ヒルダが魔法の思念のようなものを放射していて、それを聞き手が歌とともに脳で受信テレパスすることで、うっとりとして気力を減退させる脳内物質を分泌する……という仕組みではないかと思います。


 歌の文化的効果による戦う意欲の喪失……は、『ホルス……』の14年後、1982年に放映されたTVアニメ『超時空要塞マクロス』で物語の中心的な構成要素となりました。改めて『ホルス……』の先進性を感じます。



 二つ目は、ヒルダがドラーゴにホルスの斧を投げ渡し、村長の暗殺を命じる“洗脳魔法”。

 なにぶん「間抜けなドラーゴ」です。(RAE40頁)斧を渡したからといって、一を聞いて十を知るように、意図を察してくれるはずがありません。

 ヒルダは斧を投げてドラーゴを仰天させ、意識が真っ白になった瞬間に思念を放射して、ドラーゴの脳内に“村長を暗殺せよ”との指令コマンドを入力したのでしょう。(RAE35頁)

 ヒルダの悪意を刷り込まれたドラーゴは狂気的な固定観念にとらわれ、口からよだれを垂らしながらその場を去ります。


 洗脳される瞬間のこのとき、窓から室内をのぞき込んだドラーゴの画面左手の壁に立てかけてある金属の盾に、ヒルダの姿が映ります。前後のカットでは映っておらず、『ホルス……』の有名な謎のひとつでした。ヒルダが映るカットだけ“撮影角度”がわずかに異なるとか、あるいはただの作画ミスだと言えばそれまでですが、あえて解釈するならば……


 このときヒルダはドラーゴを洗脳するために強烈な魔法の思念を放射しており、その思念を受けた盾の鏡面が彼女の幻影イメージを映した……のかもしれません。

 一種の“魔境効果”ですね。

 このときもしも、部屋の四方の壁にいくつもの鏡があれば、そのすべてにヒルダの姿が一斉に映り込むことになります。

 魔法的には、鏡の向こうに、もう一つの世界が存在することもありますから……

 この場面のヒルダの視線のよこしまなこと、他の作品には類を見ません。

 邪悪でありながら、恐ろしく蠱惑的なのです。いやはや凄い作品ですね。


 で、なぜこれがヒルダの固有魔法かというと、直後に、ヒルダは激しい心理的疲労感に襲われてか、テーブルに突っ伏してしまうからです。“命の珠”を使っていれば魔界からの魔法力が補給されるので、ここまでグッタリしないと思うのですが。

 だからこの洗脳魔法は、ヒルダ自身の精神を消耗する、彼女に固有の魔法であると考えられます。


 三つめは、ホルスが村長暗殺未遂の冤罪をかけられる“村民裁判”で、フクロウのトトが飛び立ってヒルダの後方に回り、銀色狼の姿にすり替わってヒルダを襲うかのように見せる“幻影魔法”

 この時ヒルダは両手で竪琴を持ち、“命の珠”に触れてはいませんね。

 フクロウが狼に見えてしまったのはホルスだけです。このとき画面には赤いフィルターがかかり、魔力の影響を感じさせます。素晴らしい演出。(RAE39頁)

 ホルスはヒルダを狼から救うために斧を投げ、これを、証人であるヒルダを抹殺する行為だと受け止めた群衆は怒り、ホルスは窮地に陥ります。

 このように、普通の人々にはフクロウにしか見えないものを、狼に見せる幻影魔法、これをトトが勝手にやったはずがありません。主人のヒルダに対して斧を投げさせる行為ですから、ヒルダ自身が仕組んでやったことです。

 ついでに竪琴も破壊させる手際のよさ。

 以前、ドラーゴはヒルダに「すべてが私に服従するように、あんたに唄を歌ってもらいたいんだ」と頼んでいます。(RAE30頁)

 そこでこのときドラーゴがヒルダに対して身振りをして、“竪琴を弾いて歌い、みんながわしの言うとおりになるように操ってくれ”と要求するのですが、ヒルダは竪琴をホルスに壊させることで、“イヤよ”と答えたわけです。


 このあとおそらく、ヒルダのシナリオでは、ホルスの追放後に村長の耳元で“真犯人はドラーゴ”と囁けばいいわけです。

 なにぶん疑り深い村長ですから、今度はドラーゴをとっちめる村民裁判を企画するはず。

 するとその直前にドラーゴは、同調者を募ってクーデターを決行するだろう……といった展開になるのでしょう。

 村民同士、村長派とドラーゴ派の内戦を勃発させるのがヒルダの陰謀ですね。

 ですから、歌の魔力で全員をドラーゴに従わせるわけにはいきません。

 それでは無血でクーデターが成功してしまいますから。

 ヒルダはタイミングよく、竪琴を壊した(ホルスに壊させた)わけです。



 それはさておき……


 以上三つの事例は、ヒルダが“命の珠”に触れずに発動している魔法であると思われ、ヒルダ自身の固有の魔法能力である可能性があります。


 しかしながら……


 奇妙なことに、ヒルダは自分の魔法力のオール100%、“命の珠”の魔力に由来するものだと勘違いしていますね。


 なぜでしょうか?




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