14●第三の結末②……魔女ヒルダと“命の珠”の役割

14●第三の結末②……魔女ヒルダと“命の珠”の役割




 ホルスが実は、魔法の素養を有していることを確かめてきました。


 そこで、ヒルダです。


 ヒルダもホルスと同じく、グルンワルドから魔法の才能を見込まれて……

「なかなか見所のある奴だと聞いたから、オレの“妹”にしてやろうとわざわざ使いを出したのだ」的なスカウトを受けたものと思われます。

 そのあたりの捨て猫を拾ってくるようなものではありませんからね。

 グルンワルドはその性格からして、憐憫の情は乏しいと思われますので、あくまで魔族軍団の子分として使えるかどうか、という基準でリクルートしているでしょう。

 それも、ヒルダは15歳になった時点以降、長年の間、不老不死なのですから、グルンワルドから魔族スカウトを受けたのが何十年前だか何百年前だか、解らないのですが……

 正確に知っているのはヒルダ本人ですが、絶対に発表しないでしょう。実年齢がバレますからね。


 ということは、ヒルダ個人にも、固有の魔法能力、それも訓練と経験を積めば、極めて優秀な魔族となれるほどの潜在魔法力……が備わっていたわけです。


 おそらく、その魔法力は、幾多の村々を滅ぼしていく過程で経験値が高まり、ますます強大になっていったことでしょう。

 その実力はいまや、師匠格であり養子縁組上の“兄”であるグルンワルドに匹敵するほどに成長している可能性があります。ヒルダ自身は、能ある鷹は爪を隠す……とばかりに、表に見せることはありませんが。

 そもそも、“悪魔の妹”という、魔族軍団の副司令官に相当する地位にありながら、実際には魔法力をひた隠しにして、人間社会に潜入し、心理的擾乱の戦術で内乱工作をするのが主任務ですから。自分の魔法力を自慢したりしないわけです。


 そのようなわけで……

 ヒルダの魔法能力は、作品中では見えにくくなっています。

 お仕事の性格上、“普通の女の子”を装うわけですからね。

 ヒルダが、どこか妖しげながら、天然カマトトぶりも感じさせるのは、そういった 事情からでしょう。

 しかし実年齢は何百歳だか……

 世間の酸いも甘いも噛み分けて、オトナの男女の色恋沙汰も飽きるほど見て来ただろうし、ある程度の男女経験もアリかもしれません。しかも殺人経験は百戦錬磨、「間抜けなドラーゴや疑り深い村長や、すぐに仲間を裏切る村人たち」(RAE24頁)くらいはチョチョイと首を刎ねて平気の平左でしょう。もっぱら間接的な手口で陰謀を計るとはいえ、彼女は大量殺人のプロなのです。


 だから、やはりヒルダは、正真正銘の魔女なのです。




 しかしヒルダはずっと、自分の魔法力はグルンワルドがくれた“命の珠”に由来するものだと思い込んでいました。


 “命の珠”とは何か、それはどのような役割を果たしていたのでしょうか?


 “命の珠”と、ヒルダの固有魔力との関係を確かめることにしましょう。





●“命の珠”の正体と、ヒルダの固有魔力との関係


 ヒルダがいつも首に掛けている、ラピスラズリに似た色合いの宝玉のペンダント。

 ヒルダ自身やトトが“命の珠”と呼ぶ、この魔法の石は、どのような機能と役割を果たしているのでしょうか。

 物語中で魔法が使われる場面において、さりげなくも重要なアイテムとして登場しますので、やや細かく検証しておきたいと思います。


 まず、“命の珠”は誰の所有物なのでしょうか。


「人間どもはいずれ死ぬ。だがヒルダさまは永遠だ。グルンワルドさまがくだされた命の珠が、守ってくださる」(RAE37頁)とトトが解説するように、もちろんヒルダのもの……ではありますが、彼女が自分の意志で勝手に他人に譲渡したり、捨てたりといった処分をしていいのかというと、そうでもなさそうです。


 ヒルダが“命の珠”をフレップに渡してしまったことを知ったグルンワルドが「ヒルダめ、裏切りおったか!」(RAE49頁)と歯噛みして激怒するのですから、ヒルダよりもむしろグルンワルドにとって、非常に大切な一物だったことがわかります。


 日ごろから“ヒルダよ、これはお前にやったものだが、命より大切にして、肌身離さず身に着けておくのだぞ。落として失くしたりしたら、お前の魔法力は消えて、お前の命も失われるのだ”……とか、グルンワルドは彼女にしつこく言い含めていたようですね。


 というのは、“命の珠”を敵に渡すことは、敵に少なからぬ魔法力を与えてしまい、自分が不利になるということなのですね。だからといって、“命の珠”は、グルンワルドがリモコンのスイッチを入れれば自爆してくれるような、簡便な遠隔魔法装置でもないわけです。


 そして最後に氷の城でグルンワルドが滅びたとき、ホルスの胸にあった“命の珠”は消滅し、その魔法力も去って、ホルスは空中から落下してしまいます。


 この事象が示すのは、“命の珠”が、“グルンワルドの一部だった”ということではないでしょうか。

 ハリポタに言うところの、魔法力を分封した“分霊箱”みたいなものかと。


 すなわち、“命の珠”は、魔界の存在であるグルンワルドの強大な魔法力とガッチリとつながっており、その魔力エネルギーみたいなものをグルンワルドから魔界経由で受信して、ヒルダの体内に供給する、魔力補給装置マジックサプライヤーの機能を持っていたと考えられます。


 ヒルダは固有の魔法力を持っていますが、そこへさらに強大な魔法力を、魔界から供給して“上乗せ”していたのでしょう。


 そしてヒルダは、“上乗せ”された魔法力を、“命の珠”に触れて操作することで、引き出して利用していたものと思われます。

 その“上乗せ”された魔法力はどんなものかというと……


 一つは、物体の長距離瞬間移動。

 ホルスの斧を手に入れたときです。

 樹木に刺さったホルスの斧を、おそらく魔界空間(ある種の異次元空間)を高速移送ワープチューブとして使うことで、瞬時にして自分の手の中へと移動させたのでしょう。

 このときヒルダは“命の珠”に触れています。(RAE34頁)


 二つめは、魔族生物のコントロール。

 ホルスの斧を手に入れたヒルダはそのまま手を胸に交差して、無数のネズミを出現させ、村を襲わせます。(RAE34頁)

 このときも“命の珠”に触れていると思われます。

 魔界に属して、魔族の一部として生息しているネズミを、“命の珠”を使って操ったのだと思われます。


 三つめは、魔界の事物の、“この世”への出現。

 ホルスを追い詰めたヒルダが懐刀の切っ先を“命の珠”に触れると、鋭い光を発して、ホルスの背後に巨大な地割れが生まれ、“迷いの森”が出現します。(RAE40頁)

 ここに巨大な、魔界への入口が開いたわけです。


 この三つの事例を総合しますと……


 “魔界に属する、生物や事象や空間および時間を、自分が望むように制御するときに、“命の珠”を使う”のではないかと思われます。


 そして“命の珠”はグルンワルドの一部でもありますから、要するに、“命の珠”から供給されるグルンワルド自身の魔法力をヒルダが駆使できる関係……ということになります。


 重ねて申しますが、“命の珠”は……

 グルンワルドの固有魔法力の一部を分けてもらって、ヒルダが自由に使うことができる装置、ということですね。


 そう考えれば、もうひとつ、作品中で、ヒルダが大きな魔法の仕事をしていることがわかります。

 村に対する、狼の襲撃。

 時間的には、ヒルダが物語に登場する前のことなので、観客にはヒルダが仕掛けたとはわからないのですが、これもヒルダが“命の珠”を使って、銀色狼をはじめ無数の狼群ろうぐんを操り、一斉に村へと進撃させたのです。なぜならば……

 この事件は、村の襲撃が主目的ではないからです。

 村人を恐怖に陥れるのは、副次的な作戦効果。

 本当の目的は、ホルスを村から遠くへおびき出すこと。

 そして、霧のかなたの湖畔の廃村へホルスを誘導し……

 待ち構えていたヒルダ自身がホルスを幻惑して気を許させ、ホルスの手引きで村へ招かれようという魂胆です。


 狼群の制御、そして、湖畔の廃村への誘導。

 これをヒルダは、“命の珠”の魔力を使って実行したのです。

 これは、じつはヒルダとホルスのを巡る重要な事件です。

 のちの章で詳述します。



 にしても……

 “命の珠”をホルスに奪われたグルンワルドが狼狽したのは無理からぬことです。

 自分の魔法力の一部が否応なく、“命の珠”を通して敵のホルスへと供給されているのですから。

 “命の珠”は、魔界の事象を操る力があるのですから、ホルスはすぐさま、魔界の存在である雪狼に飛び乗って飛行することができたわけです。

 雪狼がホルスを嫌がって振り落とそうとしないのは、彼が“命の珠”の持ち主だからですね。


 しかもホルスの手には“太陽の剣”があり、その剣自体の魔法力(グルンワルドを完全に圧倒する熱量エネルギー)が、これまた強烈。

 グルンワルドの敗北が決定づけられた瞬間でしょう。とても納得がいきます。


 この戦い……名付ければ“東の村防衛戦”……についても、のちの章に詳述します。

 村の命運をかけた一夜の攻防は、それだけでもなかなかのドラマですので。


 さてそれでは、“命の珠”に依存しない、ヒルダ固有の魔法力は、どういうものなのでしょうか。






※文中で“魔力”と“魔法力”を明瞭に区別せず使用していますが、何卒お許し下さい。

 厳格な定義分けはあると思いますが、悪魔であるグルンワルドのパワーが“魔力”なのか“魔法力”なのか、作品中にその用語が使われていないため判然とせず、混同する結果となりました。

 ここでは、だいたい、“雰囲気的”なものを魔力、“作用的”なものを魔法力と表記するようにしています。

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