04●グルンワルドの正体……冬将軍は、本当に悪(ワル)なのか?

04●グルンワルドの正体……冬将軍は、本当に悪(ワル)なのか?




 『ホルス……』の表層的な子供向けストーリーでは、悪魔グルンワルドは究極の悪とされています。

 これぞ悪の権現。

 人相、服装、登場の仕方からして、“俺様ラスボス”を気取っています。

 グルンワルドさえ亡ぼせば、全世界に恒久的な平和と希望が実現するかのように見えます。


 じっさい、物語の結末でグルンワルドが滅びた世界には、暖かい春が訪れ、人々の表情に幸せがよみがえっていくように描かれています。


 しかし……。

 ここで大人の鑑賞眼を通せば、素朴な疑問が浮かび上がります。

 グルンワルドは、本当に、究極の悪役だったのだろうか? 

 人類が倒すべき最大の敵であり絶対悪だったのだろうか?


 というのは……

 グルンワルドには失礼ながら、悪魔としての“強さ”があまり感じられないのです。

 いや確かに、雪山の上でホルスと最初に対峙したときに、彼は「この地上にオレより強い者はいない!」(RAE13頁)と自画自賛で豪語するのですが、それだけならリップサービスにすぎません。

 実際に彼がおこなった破壊行為は、どれほどのものだったのでしょうか。

 とりあえず出会ったホルスを「死ね!」と剣のひと突きで谷川へ落としてしまうのですが、直接の肉体的武力行使はそこまでで、しかもホルスはどっこい、生きて村にたどりつきます。

 というのも、グルンワルドの剣がホルスの背の太陽の剣に突き当たり、直接ホルスをグサリとやったのではなかったからです。

 そして物語のクライマックスで、グルンワルドは太陽の剣を構えるホルスと空中で剣戟けんげきを交えるのですが、気が抜けるほど強さが感じられず、防戦一方となり、逆にホルスに飛行マントを切り裂かれてしまうのです。

 物語のラスト近く、グルンワルドがじきじきに村を襲う段階では、氷のマンモスや雪狼を率いており、それが直属の部下のようです。

 しかし、要するに、実際に戦うのは部下ばかり。グルンワルドが自分自身の能力で破壊力を行使したのは、最初に自分に似せた頭部型の雹を降らせただけなのです。

 いや、確かに、巨大な雹ゆえに、質量兵器としての威力はありました。

 だが、その一方、村人が力を合わせて燃やす焚火と、モロトフ・カクテルならぬ“モロトフ火矢(仮称)”の反撃で、タジタジとなります。

 「悪魔だって不死身ではないのだ」(RAE46頁)と、ガンコ爺さんにあっさり見切られる体たらく。

 普通、この時点で予備兵力が十分でなかったら、一度撤退して戦列を立て直してもよさそうなものです。


 本当のところ、グルンワルドって、あまり強くないのでは?

 これ、子供が見ても、そう思う場面です。


 グルンワルドが右腕と頼むのは、妹分としてリクルートした、少女ヒルダ。

 しかしそのヒルダも、子分のリスから「いつもいつも、ヒルダは闘わされるだけなんだ」(RAE61頁)と憤懣たっぷりに慰められる始末。

 暗に、ヒルダの兄貴分であるグルンワルドのサボりを指摘していますね。

 こうなると、どうも、グルンワルド本人は、悪魔による人類殲滅作戦の親玉として、本当に役に立っているのか、いないのか、怪しくなってくるのです。

 「ラスボスにしては頼りない」感が半端ないという感じですね。


 つまるところ、グルンワルドはいかにも強そうに装っているが、じつは、大鷲や大カマス、銀色狼などの手下を使って人を襲わせているのであり、自身の戦闘力は限定的というのが、真実ではないでしょうか。

 強がっているけれど、実際は見せかけに依存している、“裸の王様”状態ではないかと思うのです。


 手下の中で最も強いのが、妹分に収まっているヒルダ。

 ヒルダは工作員として人間の村へ潜入、自慢の美声と妖しい竪琴で人心を惑わし、人間同士の反目を誘って、互いに殺し合わせるのが常套手段です。

 これは、極めて合理的な侵略手段です。

 敵同士で殺し合う内乱の誘発。これは戦わずして勝つことのできる、最良の戦術。

 ただし、秘密工作ゆえに、高度な知略と手間暇がかかります。


 しかしグルンワルドは、それを眺めているだけ。

 そして村人がおおかた死亡したところで、直接に侵攻。

 猛烈な寒波と雪と氷によって、最終的な滅びをもたらしてきたと思われます。


 つまり、人類殲滅作戦でグルンワルドが直接関与するのは、最後の仕上げのみ。

 毎回、村を滅ぼす最後の場面で必ず登場して、自分の存在感を誇示します。

 そのふるまいは、いかにもすべて自分一人の業績であるかのように自慢する結果となってしまいました。

「この地上にオレより強いものはいない、偉いものもだ。わっはっは!」ですね。

 これは要するに“いいとこ取り”であり、末端の手下たちから、グータラ兄貴のそしりを受けても仕方ないでしょう。


 そのようなわけで、悪魔グルンワルドの戦力の実態は、ヒルダを筆頭とする、幹部クラス以下の戦闘力に依存するところが大きいのです。


 では、悪魔グルンワルドの個人的戦闘力は、どれほどのものでしょうか。

 そこで、悪魔軍団が行った破壊行為の全体像から手下たちの魔力を除外すれば、グルンワルド本人に固有の魔力が明らかになるはずです。


 たとえば、ホルスやポトムが住む“東の村”に物理的な脅威を与えたのは、大カマスと銀色狼たち、そしてヒルダに操られた鼠たちでした。グルンワルドは、なにもしていません。


 その後、グルンワルドが直接、村の討伐に乗り出したときに彼が使った対人兵器はというと、自分の頭部型の雹、雪狼、氷のマンモスの三種類でした。

 その構成物質は……

 雪と氷、すなわち、概ねマイナス4度C以下に冷やされた水でしかないのです。


 つまり、グルンワルドの個性であり強みは、“寒波の制御”、これに尽きるのです。

 グルンワルドが持つ、他者に優越する武器は、結局のところ突き詰めると“寒さ”だけだったことになります。

 これを、言い換えれば……


 グルンワルドの本質は、“冬将軍のような存在“(RAE90頁)だったのです。


 冬将軍…… 

 グルンワルドは、冬という気候がもたらす気象そのもの。

 果てしなく熱量を奪う、究極の寒さ。

 それが悪魔グルンワルドの正体であり、本質なのです。


 もちろん大量の雪は家々を押しつぶし、狩猟や採集を妨げて人々を飢えさせ、低温は人の生命を奪うのですから、人類にとって大変な脅威に違いありません。


 しかしそれは気象という自然現象の一部であって、悪魔ならではの邪悪な魔法兵器なのか? というと、悪質性は、必ずしも高くなさそうです。


 というのは、人類の側が対抗する手段も、明らかだからです。

 それは、火です。熱量カロリーです。

 ガンコ爺さんが燃やした巨大な焚火たきびに、氷のマンモスはひるみました。

 フレップやポトムたちが放つ火矢に、雪狼は撃退されました。

 そして最後に登場した“太陽の剣”はグルンワルド自身を滅ぼしました。


 これを言い換えれば、“太陽の剣”は、冬将軍グルンワルドをはるかに上回る“熱量を発生した”ことになります。

 それは、冬を滅ぼし、地上に春をもたらすことのできるシステム……

 詳しくは後述しますが、“太陽の剣”は、“核の炎”、すなわち熱核兵器や原子力と同一視できるのではありませんか!?


 そのような実態ですから、グルンワルドは万能の殺戮者ではなく、いわゆる大量破壊兵器でもなく、その魔法的戦闘力の原理は単純で、威力も限定的であると考えられます。

 することの狡猾さや残酷さや卑劣さを比較するならば、いつのまにか人間同士を操って戦わせ、凄惨な自滅へと追いやるヒルダの方が何枚も上手でしょう。

 冬将軍グルンワルドの個人的戦闘力は、結果的に、ヒルダに劣るのではないか、とすら思えるのです。


 となると、グルンワルドは、本当に悪魔という名に値する悪者なのでしょうか?


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