【4回戦-3】

「もう、無理なんだと思う」

 秋の大会が終わり、冬の大会まであと三週間。そんな日に、立川は言った。

「え?」

「ごめんね。でも……ずっと考えてた」

「無理って、何が?」

 松原は、わざと何もわかっていないかのように尋ねた。それが、共通の思いだとは認めたくなかったからだ。

かんは、夢、かなえられた?」

 松原は答えられなかった。一番、聞かれたくないことだったのだ。

「その……」

「県立大に行けばよかったって、何度も思った。今でも思う。苦しい」

「ごめん」

「謝ることじゃないけど……蓮真の顔見るたびに、逃げ出したかった。最近は鍵山さんを見ても……。何回も優勝できて、良かったよ。楽しいこともあった。でもね……県立大の方が楽しそうだった」

「……」

「私がしてあげられることは、もうないと思う。目標ができたから」

「あの子か」

「……うん。川瀧さんに勝ちたい。勝たなきゃ」

「そっか」

「冠はまだ、冬田さんに勝ってない」

「それは……」

「勝てると思ってないもん」

 松原はうつむいたまま、顔を上げられなくなってしまった。思った以上の反応に立川は困惑し、ついに決定的な人ことを言うに至った。

「ごめんね。私たち、別れよ」



 いつものように、ごちゃごちゃした将棋になっていた。形勢はともかく、中野田は手ごたえを感じていた。

 攻防の角を打たれ、二分ほど考えた後、中野田は自陣飛車で返した。駒台の駒が、どんどんと盤面に戻っていく。

 そんな戦いの中、中野田は玉を一つ寄った。攻めから遠くなっているわけでも、両取りを避けたわけでもなかった。しかし相手は、動きを止めた。

 紀玄館の一年生国分寺は、高校時代に優勝経験もある強豪である。推薦で入学し、すぐにレギュラーになった。六将という位置ならばほぼ敵なしだった。しかしそんな彼にとって、中野田は異質な存在だった。夏の大会で見かけなかったので、控え選手かと思っていた。しかし、ものすごい剛腕だった。予想外のところから、守りをこじ開けてくる。気が付くと、全く予定していない展開に巻き込まれていた。

 これまで、名前も知らなかった。年上だが、格下と思っていた。そんな相手に、翻弄されている。

 先輩たちは最強なので、チームが負けるということは考えられなかった。自分が負けても、大丈夫だろう。それでも、単純に勝負には負けたくない。

 ぐい、と玉を上がる。中野田に触発されて、意表の手を指したつもりだった。しかし中野田は、ノータイムで端歩を突いた。端の桂香を狙う手だ。妙に受けにくい。

 気が付くと、お互いの玉がどんどん相手陣に向かっていた。成り駒も多く、持将棋は避けられそうにない。そして何度数えても、国分寺の点数は20点しかなかった。4点、足りない。

 大駒をただで取るぐらいしか、引き分けに持ち込む方法はない。しかし取れそうな大駒はない。

 どうしようもなかった。

「負けました」

 国分寺が頭を下げた。その時、周囲から一斉に歓声やどよめきが起こった。国分寺は戸惑って、きょろきょろと首を動かした。目についた先輩たちの顔が、見たこともないほど曇っていた。

 慌てて貼り出されていた対戦表を見る。冬田と峯井、そして七将の丹沢に赤い丸が付いていた。そして、神楽坂と松原、立川は対戦相手に丸が付いていた。そして今まさに、国分寺の相手、中野田に丸が付けられた。

「そんな……」

 紀玄館は負けた。国分寺にとって初めての負けだった。チームとして、三年ぶりの敗北だった。



4回戦

県立大学4-3紀玄館大学

会田 〇-× 神楽坂(二)

安藤 ×-〇 冬田(四)

佐谷 〇-× 松原(三)

大谷 ×-〇 峯井(四)

鍵山 〇-× 立川(三)

中野田 〇-× 国分寺(一)

バルボーザ ×-〇 丹沢(二)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る