【1回戦-2】
ついに来てしまった、と思った。
三回目の全国大会。今回は、「出るかもしれない」ではない。「必ず出る」という立場だった。
北陽が来られないというアクシデントはあったものの、最高学年が出られないというのは部活では普通のことである、とかつて覚田が言っていた。部の中心は三年生。そう考えれば、別に変なことではない。
それでも、自分が全国大会の舞台で対局していることに、福原は大きな違和感を抱いていた。高校まで、何かを争うような部活には入ってこなかった。日常生活でもほとんど競争心がなかった。目立たないように、のんびりと。そうやって生きてきたのに、なぜか今全国大会で順位を争う戦いをしている。
目の前には五分刈りの青年がいた。爪もとても短い。将来は僧侶になる人が多いと言うが、すでにその風格が感じられた。そして福原の知識では、僧侶と言えば漫画の中でとても強いキャラである。衣服の中には鋼の肉体があるに違いないと思いながら、福原は指し続けた。
ただ、どこかで落ち着いてもいた。実力以上のものは出せないということを、見る側として嫌というほど見てきた。ここにいる人々は強い。だから、負けて文句を言われる筋合いはない、と福原は開きおなっていたのである。
幸いにも形は定跡形になっていた。相手は飛車を真ん中に振っている。類型局を頭の中で思い出し、最も勝率のいい手順で進めていく。
福原は、ほっと一安心して、横を見た。バルボーザのこめかみに血管が浮かんでいた。こちらのチームにも腕っぷしの強い人がいたんだった、と福原は気が付いた。できただけバルボーザのオーラのおすそ分けを貰おうと、体を少し傾けた。
「すごいなあ」
星川は会場をぐるりと一周した後、つぶやいた。
夏の大会には参加していないため、初めての全国大会となる。出場はないだろうと思っていたが、オーダーには載っていたので嬉しかった。記念に撮影して、実家のlineグループに投稿した。
星川もまた、競争をしたことのないタイプだった。将棋部に入ったのは女流棋士に興味を持ったからで、入部するまで将棋自体あまり指したことがなかった。それが、全国大会である。プレイヤーとしては何の貢献もしていなかったが、それでもメンバーの一員として誇らしかった。
「レギュラーが食中毒になったら出るんだからな!」
大会が始まる前、猪野塚が言った。冗談、とは言い切れなかった。秋の大会では大雨のせいでメンバーの到着が遅れた。結局高岩までが出場し、「可能性」は確かに感じた。
ただ、何もなければ出ることはないだろう、ということもわかっていた。それだけレギュラーメンバーは強い。七人目は流動的とはいっても、候補者たちと今の星川とは大きな力の差がある。よほどの作戦でない限り、出る機会はないだろう。
会場は男だらけで、その点では星川はおおいに残念だった。しかしようやく、紀玄館の立川を見ることができた。顔は強そうには見えなかったが、手つきはプロのものに近いと感じた。
そして、今は福原の対局を見ている。いつもおどおどしているが、対局の時は少し背筋が伸びる。あと、髪が垂れないように後ろで結んでいる。星川は「いつもと違う髪型」を見るのが大好きだった。
終盤になり、福原の手がぴたりと止まった。「記憶の外」に出たのだろう。福原は抜群の記憶力で、過去に見た棋譜や結果をほぼ覚えているという。ただ、過去に例のない局面になってしまうと記憶は役に立たない。そこからは実力である。
星川は念を送るようにしてじっと見ていた。福原は五分以上考え、自陣に手を入れた。今度は相手が考える番だった。
結局二人とも秒読みに入った。他の対局は全て終わり、皆が七将戦を取り囲んでいた。
福原は何度か額を叩いた後、飛車を切った。決め手だった。相手玉は必至。自玉は詰まない。
福原は勝利した。それは、チームの四勝目だった。
「え、私で決まったの? ふぁー」
結果を聞いた途端、福原は机に突っ伏してしまった。
1回戦
県立大学4-3仙王山寺大学戦
1 会田 〇
2 佐谷 〇
3 大谷 ×
4 鍵山 ×
5 中野田 〇
6 バルボーザ ×
7 福原 〇
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