それぞれの年末

【それぞれの年末-1】

 北陽は頭を抱えた。

 12月23日に、どうしても外せない試験が入ってしまったのだ。またしても、大会に遅れて行くことになってしまう。

 いっそ、参加を断ろうか。後輩たちだけでも、十分戦えるのはわかっている。今この瞬間も、後輩たちの方が成長しているだろう。

 それでも北陽は、四日市に行きたかった。最後のチャンス。初勝利のチャンス。

 新幹線や飛行機のダイヤを調べ、いつならば到着できるのかを懸命に北陽は調べた。



 蓮真はカレンダーを見ていた。全国大会は、もうすぐだ。

 レーティングの目標を立ててネット将棋を指してきたが、なかなか思うようにはいかなかった。高段者となると、なかなか下位に勝っても点数が伸びず、一発入れられると一気に点数が下がってしまう。

 最近は見たこともない指し方がどんどん出てきており、すぐに対策を練らなければならない状況だった。アマの間だけで流行っている「優秀な指し回し」というのがいくつかあり、大会でも対峙する可能性が高いのである。

 細かく研究するのは好きではなかったが、それでも蓮真は避けることはできないと考えていた。今度こそ、相手校のエースを倒していかなくてはならない。そのためには、万全の準備が必要なのである。

 気になる局面を、将棋ソフトで調べる。ソフトの効率のいい使い方は、安藤に聞いていた。安藤はついに自分のソフトも作り、ネット上に公開している。「まだまだ弱い」と安藤は言っていたが、それでも蓮真はなかなか勝てなかった。将棋ソフトはどんどん進化している。

 時計を見ると、深夜1時を示していた。

「あとちょっと」

 蓮真は目をこすった後、パソコンへと視線を戻した。



 机の上に並べられた写真を、バルボーザは眺めていた。大学に入ってから撮ったものである。

 日本に来て約一年半。故郷には一度も帰っていない。時間もお金もかかるというのもあるが、何より将棋に打ち込むために日本にとどまっていた。

 他の競技と違い、学生で活躍した後にプロの世界が待っているわけではない。大学を出た後どうするか、それも決めなくてはならない。それでもバルボーザは今は、将棋だけをがんばりたかった。

 両親に送る写真を決め、封筒に入れる。そして、辞書を片手に、定跡書を読む。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る