【アマ女流天将戦-2】

 鍵山のトーナメント一回戦の相手は、川瀧初那大そなた。初めて見る小学生だった。

 小さな腕を伸ばして、駒をつかんで並べている。鍵山は、自分が将棋を始めたころのことを思い出した。

 「アズサちゃん」と呼ばれるのが嫌だった。子ども扱いは仕方がないにしても、「お客さん扱い」を感じたのである。大人がみんなそう呼ぶので、周りも「アズサちゃん」と呼ぶようになった。そんな中、蓮真は必ず「鍵山さん」と言った。

 「この子は、川瀧さん」鍵山は、頭の中に刻み込んだ。

 対局が始まると、川瀧はどんどん攻め込んできた。勢いだけでなく、筋も良かった。相当強い人と指しているな、と鍵山は感じた。ただ、受け止めきれるだろう、とも思っていた。攻めだけではどこかに隙ができるものだ。

 しかし、川瀧は受けの手もきちんと指した。鍵山は困ってしまった。隙が無い。どこかで、やはり子供だと思っていたことを後悔した。

 挽回はできなかった。完敗だった。

 勝った後、川瀧は深々と頭を下げた。そのつむじを見ながら、鍵山はうっすらと笑った。



 川瀧は、決勝戦まで勝ち上がった。相手は立川。突如現れた天才小学生は、鍵山から主役の座を奪った。そして、立川をも脇役にしていった。

 川瀧の攻めは止まらなかった。立川は、戸惑っているうちに劣勢になっていた。鍵山は思った。「単純に強いんだ」と。

 完全に、川瀧のための大会になった。小さな女の子は、大きな駒音を響かせて角を捨てた。決め手。同玉に金を打って、必至。

 ギャラリーもただただ見つめていた。強すぎた。

 優勝が決まっても、川瀧は顔色一つ変えなかった。



「ソナタちゃんの将来の夢は何ですか?」

 表彰式でのインタビューが始まった。川瀧は、一瞬目つきを鋭くした。

「プロ棋士になって、名人になりたいです」

「すごい! まずは奨励会を目指すことになりますね」

「はい。六年生の時に入ります。19歳までには四段になって、27歳までに名人になります」

 鍵山は、「尊いものを見ている」と思った。プロになるどころか、女流棋士になることも考えたことがない。大学を出た後のこともあまり考えていない。

 彼女が本当に奨励会に入ってプロを目指すならば、アマの大会には出なくなる。たった一年の対戦機会だったかもしれないのだ。

 正直、これからも強くなっていくだろう川瀧には、今後も勝てる気がしなかった。そういう人と対戦出来たことが、鍵山は少しうれしかった。


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