【3回戦-2】

 なかなか良くならない。

 会田は焦っていた。遅れてきたという後ろめたさもある中、岡川大学のエースに当たってしまった。将棋の団体戦は、四将がきついことが多いらしい。「岡川大学も、上位を狙うからこそのオーダーだよ」と安藤は説明していたが、会田はいまいちまだその辺のことはわからない。

 蓮真と鍵山に挟まれているのも、緊張のもとになった。部内でも圧の強い二人である。そして、二人の間にはきずながあるように感じる。会田は「お邪魔してすいません」という感じなのである。

 新人王を獲ったことによって、周囲の目も変わった気がする。これまでの三回は、注目されない中で何となく活躍出来ていた。しかし今回は、県立大の中心メンバーとして各大学に認識されているはずだ。

 夏の全国大会では5勝4敗。勝ち越せたのは良かったが、満足しているわけではない。蓮真と大谷は6勝した。その1勝の差に、大きな意味があると感じていた。

 レギュラーの中で一番気合がないのは自分だ、という自覚が会田にはあった。中野田や大谷はもちろん、気合の人だ。バルボーザも、負けず嫌いでとにかく目の前のことに打ち込む性格だ。

 局面は、よい攻めがあるような気がした。それでも会田は、じっと端歩をついた。

 安藤は「圧勝が目標」と言った。春大会が予想以上に綱渡りの勝利だったことが影響している。人数も増え、県立大の層は厚くなったはずだった。それでも昨年より苦戦している。

 やはり、野村の卒業が大きい。蓮真と野村の二枚がいたことによって、相手校も考えることが増えたはずだ。まだ誰も、野村のように警戒される存在にまでなっていない。「今年はエース一枚のチーム」と思われているのだ。

 自分でもエースに勝てる。会田はそれを証明したかった。崩れずに、チャンスを待つ。じっと。じっと。



「猪野塚君、準備しておいて」

「え、次っすか?」

「うん」

 安藤は、猪野塚に次戦の出場を示唆した。本人は全く予想していなかった。

「バル、調子よさそうっすよ」

「いや、北陽さんだ」

「え」

「勝つとは思うけど、調子は良くない。とりあえず出ることは示せたから、明日に向けて休んでもらった方がいいと思う」

「ってことは……」

 猪野塚が出るとすれば、位置は三将ということになる。そこに名前を書かれていた時点で、今回は出番がなさそうだな、と猪野塚は感じていたのだ。しかし、アクシデントにより初戦から出番があった。

 最近はバルボーザに負けることが多くなり、レギュラーをとるのは難しいとわかっていた。安藤や福原にも、明確な差を付けられるほどには勝ち越せていない。将棋部出身でありながらきちんと戦力になれていない現状には、歯がゆさを感じていた。

 それでも時折出番が回ってくるのは、まだ期待されているからだと猪野塚はわかっていた。夏大会、中野田が出場できなかったように、誰かが出られないことはまたあるかもしれない。今日だって、控え選手が突然出ることになった。そういう時は、「猪野塚に任せればいい」と思ってもらえる存在になりたい。

「二年生三人になるね」

「え、あ、はい」

 来年は三年生になり、部の中心になる。鍵山と会田は、間違いなくレギュラーだろう。自分は部長という器ではないだろうし、と猪野塚は思っていた。それならば、将棋で貢献できるようになっておきたい。

「終わりました。7-0です!」

 駆け込んできた高岩が結果を報告する。本日初めての全勝に、部員たちは沸き立った。

「勝ちたいね、本当に」

 そんな中、誰にも聞こえない小さな声で、猪野塚はつぶやいた。



3回戦

県立大学7-0岡川大学

1 大谷(一)〇

2 中野田(三)〇

3 佐谷(三)〇

4 会田(二)〇

5 鍵山(二)〇

6 北陽(四)〇

7 バルボーザ(一)〇

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