【9回戦-1】
9回戦
対愛嶺大学戦オーダー
鍵山(二)
会田(二)
佐谷(三)
大谷(一)
バルボーザ(一)
最終戦が始まった。
県立大学はここまで4勝4敗。勝ち越しをかけた一戦になる。
オーダーは元に戻り、バルボーザが五将に入った。
「沙月先輩、すごかったすね!」
「え、いやそんな……」
「全国大会の副将で勝利ですよ」
「いやあ、たまたま」
猪野塚の褒め殺しに、福原は頭をかいていた。
前戦負けはしたものの、猪野塚や高岩といった若いメンバーには悲壮感がなかった。全国大会の空気を存分に楽しんでいたのだ。彼らには「もう全国大会に来れないかもしれない」という恐怖がないのも大きかった。「このメンバーならきっとまた来れる」と信じられるからこそ、「次はもっといい順位に」「自分も勝利を」と前向きになれるのである。
最も悲壮感を漂わせていたのは、バルボーザである。二戦、メンバーから外れた。そして、福原は勝利した。それでも最終戦、安藤は自分を選んだ。チームの勝利よりも、部の未来を考えていることは明らかだった。
愛嶺大学はここまで県立大学と同じ4勝4敗、そしてバルボーザの相手も彼と同じ2勝4敗という成績だった。バルボーザは直感的に、「自分次第でチームが5位か6位かが決まる」と感じていた。
戦型は、相矢倉になった。矢倉は将棋の純文学と呼ばれているらしいが、バルボーザにとっては海外文学でもある。じっくり味わいながら、駒組を進めていった。
狭いね。部屋を見渡しながら、立川は思った。
立川乃子は、最終戦に出場しなかった。部屋の一番前に立って、全ての対局を見渡している。五人制ということもあって、対局者は全部で五十人。机は五列並んでいる。
紀玄館は、房総学院と全勝対決をしていた。勝った方が優勝である。チームとしての成績は同じでも、勝ち数には大きな開きがあった。紀玄館が2敗したのは、県立大学戦だけだったのである。
部長になった松原は、自分と立川が蓮真と鍵山に当たらないようにすると大会前から決めていた。今年も紀玄館の層は厚く、普通に戦えばまず優勝できるはずだった。ただ、松原と立川には、メンタル的に崩れるかもしれない一つの要因があった。蓮真の存在である。
ずっと仲の良かった三人。県立大学に行くと誓いながら、松原と立川は裏切るようにして紀玄館に入った。それは二人にだけ推薦入学の誘いがあったことが原因だったが、やはり事前に蓮真に伝えておくべきだったのではないかという思いが二人の中にはずっとあった。そして冬大会のあと、予想以上に二人は心のダメージを受けたのである。
二人の関係も、変わった。入学時はいつまでも続くと思われた信頼も、最近少し崩れつつある。嫌いになっていくわけではない。ただ、唯一無二さを感じられなくなっていくのである。魅力的な人間にどんどんと出会い、お互いに「君しか」「あなたしか」と思えなくなってきたのだ。恋愛は三年目に冷めるともいう。松原はそれを避けるように、策を弄して立川の心を守ろうとしたのである。
立川の視界の中には、蓮真もいた。落ち着いて指しているように見えた。鍵山と大谷は、見知った顔だった。副将の二年生は、冬大会で七将だったのは覚えているが、あまり印象には残っていない。五将の留学生は初めて見た。紀玄館ユーラシアとも交流があるので外国人の部員には慣れていたが、それでも会場唯一の存在には目を奪われた。
もし自分が県立大学に入っていたら。レギュラーとして出ているだろうか。蓮真とは仲良くやれていただろうか。鍵山さんはやはり冷たいだろうか。
いろいろと考えているうちに、涙があふれそうになってきた。慌てて立川は、部屋を出た。
胸の中に生じた「県立大学の方が楽しそうだな」という思いを、必死で打ち消そうと走った。
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