【6回戦-3】
「負けました」
隣から聞こえてきた声に、思わず大谷は視線を向けた。頭を下げていたのは、紀玄館の国分寺だった。時計を見たところ、蓮真の時間は7分しか減っていなかった。
蓮真の横顔は、怒りに満ちているように見えた。大谷には、その気持ちがよくわかった。
佐谷・松原・立川の三人組は、昔からよく知っていた。隣県の「仲良し三人組」だったのである。特に松原は地区において圧倒的に強く、大谷も幾度となく負けていた。
当時、県立大学にビッグ4という強豪たちがいることも知っていた。隣県のことがうらやましくて仕方なかった。自分の住んでいる県には、将棋部のある大学自体が少なかったのだ。関西の大学を目指そう、と思った時期もあった。
蓮真が、そして鍵山が県立大に入ったことにより、大谷も迷いなくそこを目指そうと思った。そして、彼にとっても松原・立川の入った紀玄館は気になる存在だった。全国からエリートの集まる、最強集団。
会場で何度か見かけて、松原と立川がそういう関係だということは理解した。蓮真にとって、とても厳しい現実だろう。だが大谷にとっては、蓮真は同情すべき相手ではない。むしろ、最も倒さなければならない相手なのである。
いろいろな思いが渦巻いていた。大谷は、全てを吹っ切るために盤面に集中した。
選んだ作戦は、雁木だった。ゆっくりと、陣地を押し上げていく。網が破れれば大変なことになるが、なんとしてでも守り切る覚悟だった。
相手の神楽坂は、小学生の頃から名前を知っていた。大谷の一学年上で、小学生名人戦でベスト8に入ったこともある強豪だ。
実績では、到底かなわない。それでも大谷は、不利だとは思っていなかった。「俺は今、むっちゃ成長期だから!」心の中で、自分に言い聞かせていた。そして、発奮する理由もあった。鍵山が、怪物のような相手と戦っている。蓮真は、あっという間に勝ってしまった。
ここまで、4勝1敗。蓮真と同じ成績だった。負けるわけにいかない。大谷は、全身を脳みそにして、考え続けた。
押し込んで押し込んで、相手が全く手を出せない局面を作っていた。慌てずに、手順を踏む。玉を安全にして、成り駒を増やして、大駒を守る。
神楽坂は、何もできなくなった。投了するしか、なくなったのである。
「うわあ、二勝したよ!」
安藤は興奮していた。ただ、北陽は顔色を変えていなかった。
「バルは苦しい」
ギャラリーが、県立大-紀玄館戦に大量に集まっていた。ここまで圧勝してきた紀玄館が、敗北寸前まで追い詰められているのだ。注目されて当然だった。
ただ、紀玄館の控えメンバーは皆、落ち着いていた。立川も表情はさえないものの、慌てているということはなかった。
まず、バルボーザが投了した。そして、鍵山の玉が必死になった。
二勝二敗で、会田-松原戦が残った。会田玉はギリギリ詰まない状況で、守り駒は全くなかった。松原玉に詰めろがかかるかの勝負だったが、どうやらそれは無理だった。その現実を受け入れるまで、会田は三分時間を使った。そして、詰めろではないことをわかりつつ、詰めろっぽい手を指した。松原はしっかりと見切り、詰めろを書けてきた。
「負け……ました」
会田は頭を下げ、両手で顔を覆った。
紀玄館の勝利が決まった。
6回戦
県立大学2対3紀玄館大学
鍵山(二)×-冬田(四)
会田(二)×-松原(三)
佐谷(三)〇-国分寺(一)
大谷(一)〇-×神楽坂(二)
バルボーザ(一)×-〇峯井(四)
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