【6回戦-2】

 駒音がとても静かだった。

 会田の対戦相手である松原は、同級生だった蓮真や鍵山はもちろん、猪野塚や大谷も昔からよく知っているということだった。ネットゲームとしてしか将棋を知らなかった会田は、そういうところから離れて生きてきた。昨年入部した時には、チェスクロックの使い方さえわからなかったのである。

 まずは、駒を使って指すのが大変だった。蓮真は特に、美しく指すことができた。程よい駒音を響かせながら、しっかりと駒が打ち付けられる。鍵山は少し、駒音が高かった。大谷は大きすぎる。

 今まで見た中で、松原は最も駒音が小さかった。まるで、浮かんでいるかのように進む駒。それはそれで、美しかった。

 ここまで副将で三勝二敗。自分でもよくやっている、と会田は感じていた。しかしそれでも、前戦の負けは堪えた。1-3負けと、1-4負けは全く違う。上位校との差を、まざまざと見せつけられた気がした。

 直前までは、スーパーエースの冬田と当たる予定だった。紀玄館がオーダーをずらしてくるのは、全く予想していなかった。ただ、格上相手であることには変わりがない。

 局面は慣れた形に進んでいた。何百局と経験している、よくある形。少なくとも中盤までは互角で行ける、と会田は安心していた。

 しかし松原は、見たことのない手を指してきた。それもまた、静かな手つきで、駒音のしない手だった。会田は、盤面を凝視しながら、じっと考え込んだ。



 怖い。とてつもなく怖い。

 鍵山は、震えそうになる体を必死に抑え込んでいた。

 少し前まで、立川との再戦に備えて気合を入れていた。しかし実際彼女の前に座ったのは、冬田だった。学生女流最強から、学生最強へ。対峙した瞬間に、圧倒されそうだった。まだ一手も指していないのに、不利だと感じたほどである。

 高校までは一学年上だった冬田の名前は、もちろん知っていた。何度も全国大会で優勝し、アマ大会でも活躍していた。プロを目指さないのが不思議なほどの実力、と言われていたのだ。

 ここまでも当然のように全勝。最強紀玄館の屋台骨である。

 冬田は、飛車を三筋に振ってきた。三間飛車だ。鍵山は穴熊に囲った。いたって普通の展開、に思えた。しかし冬田は、するすると銀を繰り出して攻めてきた。軽すぎる、と鍵山は感じたが、読めば読むほど「ある手」だった。

 気が付くと、相手のペースになっていたのだ。

 自玉は堅い。しかし、飛車も角も攻めに参加できていない。唇を噛む。目をつぶり、髪をかきむしり、歯を食いしばって考える。

 必死になって、鍵山は抗おうとしていた。

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