【7回戦-2】

 安藤と福原が、念入りに打ち合わせをしていた。その姿を見て北陽は悟った。自分の出番は、ない。

 第8戦は関西第二代表、石切大学戦になる。ここまで2敗で、県立大学よりも上にいる。強いのは確かだが、決して層が厚いというわけではなさそうだった。エースは四将で、ここまで1敗しかしていない。作戦の練りがいのある相手である。

 安藤は、福原を副将に入れて下をずらしていくつもりだ。四将のエース対決に賭ける作戦だが、北陽は自分でもそうすると思った。

 ただ。ここまで我慢はできなかった。二日目までオーダーを変えずに戦うのは、従来の県立大学では考えられないやり方だった。あの手この手で相手の予想を外し、ビッグ4と野村に勝たせる。ビッグ4が卒業した後もその伝統が、覚田や北陽の中には生き残っていた。だが、安藤は違った。

 考えてみれば当たり前だ。安藤は、ビッグ4と共に戦ったことがない。自分たちで、今の部を作り上げてきたのだ。

 大会前、安藤は北陽を特別扱いしてくれようとした。どこかで出してあげたい、そう思っていただろう。しかし北陽自ら五将決定戦に出たことにより、正式にレギュラーに入れなくなった。

 一年生の冬のことを思い出した。夏大会は全くレギュラー候補でなかった北陽にとって、それは初めての全国大会だった。全く出る予定はなかったが、一応メンバー表に名前は載ることになった。

 相手校に合わせて、オーダーは目まぐるしく変わった。そして第六戦、同級生の佐野が出ることになったのである。上二枚に当て馬を入れるという奇策のためだった。そして県立大学はその対戦に勝利した。北陽は、突然緊張し始めたのを覚えている。「自分も出るかもしれない」

「まさか、出たいと思うようになるんて、ね」

 唯一の四年生は、完全に気持ちを切り替えて後輩たちを見守ることに決めた。



 蓮真はしかめっ面のまま、最後に残った四将戦を見続けていた。現在チームは二勝二敗。負けたのは猪野塚と、蓮真である。

 勝たなければならない戦いだった。それはチームの勝利のためでもあるし、自身の信頼のためでもある。

 「スーパーエース」と呼ばれる選手たちは、誰が出てきても勝てると思われている。個人タイトルを争うのはもちろん、一般アマ大会でも活躍している。蓮真はまだ、その域までは到達していない。

 安藤は昨日の内に、「石切戦は四将で」と蓮真に伝えていた。相手校のスーパーエース戦を捨てるのではなく、蓮真に託したのである。

 北陽が安藤に部長を任せた理由が、わかる気がした。安藤は目先の勝利ではなく、部の成長のことを考えている。負けても一年生を出し続け、蓮真を一番強い相手に当てる。この大会はあくまで、通過点なのだ。決して層が厚いとは言えない県立大学にとって、本番は中野田が帰ってきた秋と冬、とも言える。今回優勝を狙えないことは、しっかりとわかっていたということだろう。

 あの猪野塚が、対局後に少し涙ぐんでいた。ようやく巡ってきた機会に、全くいいところなく負けてしまったのだ。

 蓮真も悔しかった。ただ、そこまで湧き上がってくる思いはなかった。入学以来ずっとレギュラーで、いくつも負けてきた。将棋は負けるものだ。だから、引きずらずに前を向いていかなければならない。

 次。次だ。

 大谷の腕が大きくしなり、銀が打ち付けられた。決め手だった。必至ではないが、相手は駒を渡せないので指す手がない。

 相手が投了し、大谷は勝った。チームも勝利した。

 蓮真は表情を変えないまま、大きく一つ頷いた。



7回戦 

県立大学3対2海鳳学園大学

鍵山〇

会田〇

佐谷×

大谷〇

猪野塚×

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