【4回戦-2】

「大将、女なんだ」

「全国二位らしいぜ」

 聞こえてくる声。気にならなくなったが、聞きたいわけではない。

 高校までは、「意外と」女の子が多いと感じていた。中学校までは、予選大会に行っても参加者が一人だけで、一戦もせずに帰るということがあった。高校では、だいたい4人は参加者がいた。鍵山自身は参加したことがないが、女子の団体戦も行われていた。

 だが、そんな仲間たちの多くは、大学では見かけなくなっていた。進学しなかったのかもしれない。将棋をやめてしまったのかもしれない。とにかく、鍵山のようにレギュラーとして全国大会で戦う女性は、とても珍しかったのである。

 勝っているときは「どうじゃ!」と思えるが、負けているときは考え込んでしまう。「女なのに」「女だから」という言葉が、頭の中でぐるぐると回る。

 県大の仲間は、彼女を特別扱いしない。部員の一人として、レギュラーの一人として、普通に接してくれる。そのうえ良いのか悪いのか、恋愛絡みのあれこれもない。とても居心地がいい。

 昨日まで、それは「たまたま」なのだと思っていた。偶然、県立大学は良い部だった。だが、それは違うのではないかと気が付いた。福原が、頑張ってきたからではないか、と。

 特別将棋が強いわけでも、目立つわけでもない。いつもおどおどしていて、鍵山に対しても警戒しているようだった。部の中心人物、とは言いがたい。だが、しっかり仕事をして、時には的確なフォローをしている。そして、抜群の記憶力を利用して時折とんでもなく強い将棋を指す。

 危機的状況にあった二年前、福原がいなかったら県大将棋部は今のようには立て直せなかったかもしれない。福原が重要な一員になっていたからこそ、鍵山は何の苦労もなく部に溶け込んでいけたのではないか。

 布団にくるまっていじけていた鍵山に、福原は声をかけてくれた。大学までの人生で、彼女にはそういう先輩がいたことがなかった。「女性だから」「女性に」特別な感情を抱きたくはなかった。それでも鍵山は、福原に感謝すべきだと感じているのだ。

 朝から、心が落ち着いているのが分かった。一人で戦っているのではない。いまいち頼りにならない同級生も、うるさく付きまとってくる後輩も、必死になって戦っている。たとえ負けても、戦い抜かなければならない。

 すっと一筋、盤上に光の線が見えた。駒の進むべき道筋が見えた。鍵山は、銀を進めていった。相手陣を引き裂いて、進んでいった。



「バル、勝ちそうっす」

 猪野塚は、皆が集まっている場所に来るなり、嬉しそうに言った。

「よかった。会田君と大谷君も良さそうだったよね」

 安藤は対戦表を確認しながら、何度もうなずいた。

「ただ、佐谷先輩は……」

「序盤から苦しかったね」

「久々に見るね、佐谷君のああいう将棋」

 北陽は首をかしげた。

 チームは勝ちそうということで、部員たちの表情は明るかった。ただ、安藤は心の底からは喜べていなかった。できればここで全勝を出しておきたかったのである。そして、運よく出せる当たりになっていた。

 鍵山も良い将棋を指せていたし、バルも初勝利が間近だった。それはいい要素だ。しかし上位校に勝つには、蓮真の勝利が絶対必要だ。そして、勝ち星の数も重要だ。

「佐谷君……」

 安藤は、一人で対局部屋に向かった。全体の半分ほど対局は終わっていた。蓮真のところに向かう。

「負けました」

 安藤がたどり着いたタイミングで、蓮真は頭を下げた。自陣は焼け野原のようになっていた。

 大谷と会田はすでに勝利していた。ほどなくして、鍵山とバルボーザも勝った。

 4勝1敗。悪くない。悪くない結果だったが、安藤は釈然としない表情をしていた。



4回戦 

県立大学4対1東北先端大学

鍵山(二)〇

会田(二)〇

佐谷(三)×

大谷(一)〇

バルボーザ(一)〇

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