【6回戦-2】

「まじか」

 北陽は声を漏らした。

「ま、まずいですよね……」

 福原も心配そうだった。

 県立大は、会田と中野田が相次いで投了した。すでに鍵山は勝っているので、ここまでのチーム成績は1勝2敗。

「大谷君はかなり苦しそうだね」

「じゃあ、あとは全員勝たないと……」

 北陽は副将戦を覗く。蓮真はかなり良い局面を築いていた。だが、相変わらず顔色は悪い。

 かつて、同じような状況になった部員を見たことがある。野村だ。二年生の時の野村は、常に追い込まれていた。「ビッグ4で3勝」が部の基本的な作戦だった。誰かは相手のエースに討ち取られるかもしれない。しかしもそうなると、野村はエースと当たっていない。ビッグ4がいることによって、野村は楽な位置で出られる。だから、全勝できるはずだ。

 「1敗はしてもいい」ことで、ビッグ4たちに心の余裕もできていた。

 一昨年、ビッグ4が卒業して野村は「救われた」ように思えた。しかし、蓮真たちの入部によってひりひりとした戦いは続いた。卒業まで野村は「エースとして」指し続けた。ビッグ4時代よりは楽だったかもしれないが、それでもプレッシャーはあっただろう。

 それを今、蓮真は背負っている。二年続けて後輩が五人も入部してくれた。県立大は、「きちんと戦える」チームになった。だからこそ、エースの役割は重い。

 実際、蓮真が負けていればチームも敗北していた試合は多い。エースが勝つことが、どれほど重要か。「まるで他人事だけど」と北陽は思った。「佐谷君に頑張ってもらうしかない」

 そして、蓮真は勝利した。続けてバルボーザが勝ち、大谷が負けた。3勝3敗で、七将戦が残った。



「合わせ鏡のようだ」局面を見ながら、安藤は思った。

 お互いに攻めが決まらず、玉が中段にいる。もう、寄せることはなさそうだ。

 実力も拮抗しているのだろう。同じぐらい悪手を指した。

 時折、盤上の駒を数える。お互いに入玉した場合、駒の数による点数勝負となる。

 ギャラリーが集まってきているのが分かる。「これ、あかんパターンでは?」安藤は頭の中で頭を抱えた。「七将で決まる感じだ」

 決して入玉が得意なわけではない。持将棋は、部内戦でも経験がない。ただ、将棋ソフトを作る上では何度も対峙してきた。何度も持将棋の局面を作り、試行してきた。

 知っている。持将棋のことは、相手よりも知っているはずだ。

 駒の取り合いは、20分以上続いた。安藤の方が、表情が穏やかだった。点数を数えることに慣れているため、指し手を読む方に時間を割けたのである。

 安藤の駒台に駒があふれ、玉は敵陣深くにいた。

「負けました」

 深々と頭が下げられた。安藤も頭を下げ、二人はしばらくそのままの姿勢で固まっていた。

「勝ったよ」

 北陽の口から、風のような声が漏れた。

「か、勝ちましたね」

 福原も、風のような声で応えた。



6回戦

県立大学4-3香媛大学

1 会田(二) ×

2 佐谷(三) 〇

3 中野田(三) ×

4 鍵山(二) 〇

5 バルボーザ(一) 〇

6 大谷(一) ×

7 安藤(三) 〇


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