【3回戦-1】

「流れが悪いな……」

 2回戦が終わった後、安藤は唇を尖らせて首を横に振っていた。何とか勝ってはいるものの、下位相手にかかわらずぎりぎりの4-3勝ちが続いていた。決して戦力が足りないわけではない。部長の采配が悪いのだ、と自省していた。

 2戦目は北陽を外したオーダーで、自らが負けてしまった。安藤にとって「プレイヤーとしての安藤」は計算しにくい存在だ。弱いわけではないが、確実に勝つだろうと信頼することもできない。それでも強化リーグで好成績を収めたのは間違いない。

 五人まではオーダーは固まっている。残り二人をどう出すか、それが常に問題だった。

「次は……ど、どうする?」

 安藤の話し相手は、福原だった。様々な業務を後輩たちに任せられるようになった結果、福原はゆっくり試合を観察できる立場になった。

「どうしよう。とりあえず俺は外れる」

「猪野塚君は?」

「広望舎はたぶん、大将を外してこない。会田君で行こう」

「じゃあ……」

 福原は少し、眉間にしわを寄せた。猪野塚、安藤が出ないとなると、自らが出場する可能性が高い。

「バルでいこう」

「バルボーザ君?」

「ああ、ここで見せておくと後で効くだろうし、なんか、相手がビビるかもしれないし」

 そう言うと安藤は、バルボーザを五将で出場させるオーダーを書いて提出した。




対広望舎大学戦オーダー

1 会田(二)

2 佐谷(三)

3 中野田(三)

4 鍵山(二)

5 バルボーザ(一)

6 大谷(一)

7 北陽(四)




 ベルナルド・バルボーザは、右手で何回か胸を叩いた。気合を入れ、心を落ち着かせる仕草だった。

 故郷で、日系人から将棋を教わった。日本に興味を持つようになり留学を決意、来日して一年間語学学校に通った後、県立大学に入学した。

 地元では負けなしの存在になっていたため、それなりの自信があって将棋部の門をたたいた。しかし、現実は厳しかった。次々と負かされ、同級生の大谷にも勝てなかった。

 「団体戦」への憧れもあったが、上位七人に入る成績を残すことができなかった。「初段持ってるんだぞ、オレ」バルボーザは心の整理がつかなかった。「日本人強すぎだろ」

 実際には、たまたま入ったのが全国5位のチームだった、ということだった。しかしバルボーザにとって、県立大こそが日本の縮図に感じられていたのである。

「次、頼んだぞバル」

 部長にそう言われた時、全身の血が逆流するような感覚があった。しかもオーダー表を見せてもらったところ、その部長の代わりに出るのである。

「いいんですか、オレで?」

「もちろん。任せたよ」

 こうして、バルボーザは五将の席に座ることになった。将棋は畳で指すものと聞いていたので、会議場のような大会会場を見たときは意外だった。それでも、試合が始まると「静寂な空気」に圧倒された。黙々と対局を進める選手たち。見守る仲間たち。それは紛れもなく「戦い」の場だった。

 バルボーザは矢倉が好きだった。彼が将棋を習った日系三世は、日本で生まれ育った祖父から将棋を教わっていた。長年日本の将棋とかかわりがなかったもの、骨董品のような将棋をバルボーザは習ったのである。ネット将棋でも腕を磨き、最新の将棋にも触れてきた。けれども今でも彼は、日本から伝わってきたままの形の矢倉が好きだった。

 強面の顔で、盤面をにらみつけていた。矢倉になれ、と祈った。

 相手は、四間飛車を選んだ。

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