【2回戦-1】

対徳治大学戦オーダー

1  猪野塚(二)

2  会田(二)

3  佐谷(三)

4  中野田(三)

5 鍵山(二)

6 大谷(一)

7 安藤(三)


「佐谷、大丈夫か」

 鍵山は、背中を叩きながら蓮真に声をかけた。

「なにが」

「顔色悪いぞ」

「そうかな」

 蓮真は笑顔を見せながらトイレに向かった。

 吐いた。

 将棋の内容は楽勝だった。しかし、蓮真の心のうちは乱れていた。

 三年目の将棋部。部員は14名に増え、全国制覇を口に出しても恥ずかしくない状態になった。有望な一年生も入った。それなのに、日々襲い来るプレッシャーに押しつぶされそうだった。

 原因はわかっている。一つは、先輩たちの卒業だ。エースの野村、ポイントゲッターでまとめ役だった覚田が卒業した。あのビッグ4の時代を経験し、部を支えてきた二人がいなくなった。その役割は、蓮真たちが引き継がなければならない。ただ、将棋を指すだけでは駄目なのだ。部長は安藤が指名された。蓮真に求められるのは、明文化されていない部分だった。二年生までは「後輩」としてふるまえていたのだとわかり、「先輩」であることの苦しさを実感していた。

 もう一つは、中野田の不調である。ずっと、二人で競い合ってきた。常に蓮真が前を走っていたが、中野田が追いかけてくるからこそ、走り続けられたという部分がある。積極的に後輩たちと接してきたのも、中野田の方だった。毎日部室に来て将棋を指してきた、県立大将棋部の象徴のような人間なのである。そんな彼が、あまり部に来なくなった。「公務員試験を受ける」と言い出したのである。

 三年生ともなれば、卒業後のことを考え始める。突飛な選択肢とは言えなかった。だが、中野田がそれを選ぶとは思わなかった。元々気合で指すタイプの彼は、見るからに調子が良くなかった。「肩が温まっていない」ような状態だった。

 中野田が勝てないと、部は苦しい。二年生の会田、鍵山への負担が大きくなる。蓮真は、「自分が負けたら終わりだ」と思っていた。チームが四勝するには、エースである自分が負けるわけにはいかない。

 野村が背負っていたものの重さを知った。ビッグ4を一気に失った後なのだから、今の蓮真以上のプレッシャーだっただろう。

 食道が痛かった。胃液の経路が、痛みとしてわかるほどだった。

 全国5位になったのは、卒業した二人の功績が大きかった。蓮真は今、それを痛感していた。現状は、地区予選で下位チームにも苦戦している。部は、毎年作り直さなければいけない。そのために今自分ができることは、とにかく勝つことだけだ。

 顔を洗って、頬を叩いた。蓮真は、勝負師の顔を作ってトイレを出た。

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