【1回戦-2】
「アズサに勝ちたくて来ました!」
入部した日、大谷は高らかに宣言した。
県外出身者の入学は珍しく、二年続けてということは創部以来初めてだった。しかも今年は、二人も入ってきた。
そのうちの一人が、大谷七郎である。背は低く頭は丸坊主、初めて見たとき安藤は「お坊さん?」と思った。声が大きく常にきびきびと動く。
「うっとーしい」
鍵山は大谷の顔を見るたびに渋い表情になった。なんでも、小学生低学年の頃からの知り合いらしい。
大谷は毎日部室に来て、先輩たちに挑み続けた。鍵山は嫌がっていたものの、将棋の挑戦は断らなかった。まだまだ中身は荒いものの、しっかりと考えて何とかしようとする姿勢が見られたので、安藤は早くから彼がレギュラーになると思っていた。
そして実際、全国制覇に向かう新たなチームにおいて、大谷は一年生唯一のレギュラーとなった。
団体戦のメンバーとして戦うのは初めてだった。
朝から大谷は、動きがぎこちなかった。出場位置は、鍵山の隣の五将。幼いころから、いろんな角度でその表情を見てきた。ただ、真横から見るのはなかなかに新鮮だった。
二学年上の鍵山に、負け続けてきた。彼女がライバルと思っているのは立川乃子であり、佐谷蓮真である。わかったうえで大谷はいつか彼女を振り向かせ、「俺のお嫁さんになってもらうんだ」と思っていた。
対局が始まると、一瞬静寂が訪れたので大谷はびっくりした。道場の大会はいつもやかましかった。高校まで、部活に入ったことはない。初めての、部員たちの大会。まるで、武道の試合のように研ぎ澄まされた空気だ、と彼は感じた。
緊張しながら指していたが、気が付くと形勢を損ねていた。一瞬、菊野の顔が見えた。いつも不安そうな顔をしていたが、特に表情がさえなかった。チームの戦況が悪いのだとわかった。
「うがあ」
うめき声が聞こえた。中野田だ。彼は三味線を弾いたりしない。本当に苦しんでいるのだ。
大谷は、両隣を確認した。鍵山も安藤も、そんなに状況は悪くなかった。ということは、中野田とあと二人、おそらく会田と北陽が負けそうなのだろう。蓮真が負けそうという考えは大谷の頭の中にはなかった。
県立大学に入ったのは、鍵山がいたからだ。しかし、全国5位という実績も十分理解している。卒業生の抜けた穴を埋める存在として、最も期待されていることも知っている。
大谷は、全身に力を入れた。毛穴から空気が噴出されたような気がした。
研ぎ澄まさなければならないのだ。入部以来、大谷は蓮真には一回も勝てていない。感覚的に、全く実力が違うのが分かった。いつかは勝ちたい。今は、引き離されないように追いかけたい。そうしなければ、鍵山は自分の方を向いてくれない気がする。
力強く、歩が打たれた。銀を取らせながら受ける、根性の受けだった。相手の手が止まった。銀を取れば歩切れ、意外と攻めの手段がない。
時計が進んでいく。大谷は、時間で有利になった。怪しい受けを連発する。本人も最善手とは思っていなかった。しかし、経験から「逆転しやすい手」を知っていたのである。
気が付けば、相手の攻めが空回りしていた。大谷、逆転ホームランである。
これが、県立大学の4勝目となった。
1回戦
県立大学4-3孝生学園
1 会田(二)×
2 佐谷(三)〇
3 中野田(三)×
4 鍵山(二)〇
5 大谷(一)〇
6 安藤(三)〇
7 北陽(四)×
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