第1話 私をお雇いいただけるのですね! ご主人様♡③

 リビングが静かになったらなったで、灯が消えたように雰囲気が暗くなってしまうんだな…と実感させられる。

 初めて、このマンションに一人で住み始めた日を思い出してしまう。

 ボクの実家には、総合商社の3代目社長の父、全国にチェーン展開する持ち帰り弁当の会社を経営する母、そして中学生の弟と妹がいる。

 色んな意味で明るい家庭だったのは間違いない。

 そこから武者修行のようにボクは国芸館高校を受験し、一人暮らしを始めたわけだ。

 昼はさすがの都会ということもあって、雑踏の音、車の渋滞の音、都会が作り出す音のお陰で寂しくは感じなかった。

 しかし、一度ひとたび、夜を迎えると一変した。

 生活音が一瞬で消えてしまうのだ。

 高校1年のころの1か月はそんな寂しさとの戦いだった。

 あれはボクにとって思い出したくもない嫌な思い出だ…。

 ボクはコップのお茶を一気に飲み干す。

 そのタイミングでガラリと引き戸が開いた。


「お待たせいたしました…」


 ボクはその彼女を見て唖然とした。

 そこには清楚な松島さんではなく、ふりふりひらひらミニスカメイドの美少女が立っていたのだから…。


「え、えっと…それ、私服!?」


 ボクは思わず白い生足に視線を注いでしまう。

 その視線に気づいたのか、ミニスカートをおさえ…ずにさらに上げるんかい!


「わあわあっ!?」


 ボクは慌てて視線を逸らす。

 チラリと彼女の顔を見ると、恥ずかしさなど微塵もなく、ニヤリと微笑みながら、


「どうかされたのですか? 女子高生メイドの生足をご所望かと思いまして、さらに太ももの部分までお見せしようとしたのですが…」

「いや、求めてない! 断じて求めてないから…!!」


 な、何なんだ!?

 いきなりこれまでの清楚キャラから全然変わってしまったぞ…。

 そう、まるで痴女みたいに逆セクハラというかフェロモンみたいな匂いもすごっ!?

 先ほどまで部屋を満たしていた中華料理の香りはどこかに消し飛んでいったようだ。


「えっと、何のご冗談なのでしょうか…?」

「いえ、私は常に本気でございます…。それにこの服は、私にとっての戦闘服のようなものですから…」


 戦闘服!?

 この人、コスプレ喫茶でバイトでもしてたのだろうか…。


「ああ、勘違いしてますよね? 決して、私、痴女でもありませんし、バイト喫茶のアルバイトでもありません…。学業以外の本職として、メイドをしております」


 え!? ちょっと待って!?

 ボクの実家にもメイドはいたけれど、こんなエロくない。痴女じゃない。若くない!(失礼!)

 それこそ、そこそこのご婦人がしている職業だと思っていた。


「あの、そこでですね…。私、こちらに住まわせていただくわけですけれど、それほど持ち合わせのお金も先ほど盗られてしまい、家賃などをお支払いすることはできません…。ですので、私をメイドとしてお雇いただくことはできないでしょうか?」

「えっ!?」


 そ、それは身の回りのお世話をしてくれるってこと!?


「で、でも、君はそれでいいの?」

「ええ、構いませんわ。だって、私はずっとこれまでもメイドとして働いてまいりましたので…」

「あとは親父が何て言うかだな…。あ、食事ありがとう。松島さんもまだでしょ? 食べておいてよ。ボクは着替えてくるから」


 そういって、ボクは自室に入る。

 ボクは上着を脱ぎ、ハンガーにかける。近くに置いてあったパーカーに着替える。

 ひとり暮らしだからこそ、着れるこのラフな格好。

 その時、ボクのスマートフォンの鳴動する音が聞こえてくる。


「しまった! スマホはリビングだ!」


 ボクが気づき、ドアを開けると、ボクのスマホで会話をしている松島さんがいた。

 あ、相手は誰!?

 て、まあ、学校の友人から電話が掛かってくることはないから、親父だろうけど…。

 じゃなくて! 何の会話してんだよ!

 ボクの方に松島さんは近づいてくると、


「どうぞ、旦那様からお電話です」


 まだ、松島さんを雇うとは言ってないんだけれど…。

 なぜ、親父のことを旦那様って言うのかな…。


「どうしたんだ? 親父」

『お前凄いじゃないか! お父さん、いきなりのことで驚いたぞ! お前、同級生をメイドとして雇うなんてすごいな!』

「いや、まだ決まったわけじゃないんだけれど…」

『お父さんは別に構わないぞ! お前が一人前の大人になって帰ってくるには、彼女のような支えとなってくれる人物も必要だ。それに彼女と少し会話を交わしたが、よく出来たお嬢さんだ。素養もあり、博識だ。会話の端々からそれが伝わってくる…。だから、むしろお父さんとしては彗さんをメイドとして一緒に住んで、お前も彼女の持つ博識な面をしっかりと学ぶとよい。彼女のためのお給金も出そう。彼女から銀行口座の情報を私宛に連絡すように伝えてくれないか…』


 何て展開なんだ! てか、話の進み方早すぎるだろ…。

 一体どんな話をしたんだろうか…。


『いやぁ、久々にお前の様子を聞こうと思って電話をしたら、素晴らしい収穫を得た。また、こちらから連絡する。くれぐれも松島さんにも丁寧な対応をな』

「お、おぅ…」


 そういうと電話は一方的に切れた。

 ボクがスマホを片手に呆然と立ち尽くしていると、彼女はボクの方に近づいてきて、


「どうかなされたのですか?」


 と、耳元で囁いてきた。


「なんで!? 何で耳元で囁くの!?」


 ボクは慌てて、彼女から若干距離を置く。

 彼女はふふっと微笑むと、人差し指をそっと下を指す。


「藤井寺は普段、下はお下着のみなのですか? それとも私と夜のお戯れをご所望ですか?」

「両方とも正解ではないです。単にズボンを履こうとしていた時に電話が鳴っただけです!」

「左様でございますか…。では、お召し物のお着替えをお手伝いさせていただきましょうか?」


 一個ずつ、ニヤリと意地悪く微笑むの止めない?

 それするとき、君の中にある悪意の塊が膨らんでるのが見えるから…。


「大丈夫。自分でするから…」


 ボクは自室のドアをぴしゃりと閉めた。




 ———で、今に至るわけだ。

 目の前にはそのちょっぴりエロく感じるメイド服姿の美少女が座っていて、手を出そうと思えば出せるところにいる。

 だが、ここで手を出せば、ボクの人生は終わりのような気がするので、至って紳士的に対応せねばならない。


「親父から、松島さんにもお給金を支払いたいそうだから、あとで口座の分かるものを教えてほしいそうだ」


 ボクがそういうと、彼女の顔がパァーッと明るくなる。


「では、わたくしをお雇いただけるのですね! ありがとうございます!」

「いや、認めたのは親父だから…。で、ボクの身の回りのお世話とこの住居の清掃など家事一般をこなしてもらうことになるよ」

「はい。藤井寺様の夜の営みのお世話も当然含まれるのですね」


 と、彼女は言いながら、ボクの目の前で胸を寄せて見せる。

 艶やかな張りのあるIカップのお胸がボクの方にメイド服からこぼれようとしている。


「頼むから、痴女っぽい行為は止めようね…」


 とにかく、理性を保ちつつ、ボクは視線に入れないようにする。

 ふふっと意地悪く微笑むと、彼女は姿勢を正す。


「ところで、学校と両立できるの?」

「はい! これまでもそうして参りましたので、これからもやっていこうと思っております」

「じゃあ、生活のためにはまず、このマンションの鍵を渡しておかなくてはいけないね」


 ボクはそう言うと、引き出しから不動産屋の書類袋を取り出し、予備の鍵を一本、彼女に差し出す。


「ありがとうございます。藤井寺様」

「うーん。その呼び方止めない?」

「と、言いますと?」

「何だか苗字だと固く感じる…。ボクは君のことをって呼ぶから、君もボクのことはって呼んでよ」

「かしこまりました。では、今後はと呼ばせていただきます」


 まあ、さすがにもう坊ちゃまを付けられるような歳ではないから、「様」でいっか…。

 あと、学校ではどうしよう…。


「学校でさすがにこの呼び方だとまずいよね…」

「周りの皆さまは、彰様のことを何と呼ばれておいでですか?」

「うーん。男の友だちからは『彰』で、女の子からは『彰くん』かな…」

「では、大変厚かましいようですが、学校では『彰くん』とお呼びいたしますね」

「うん。そうしてくれるとありがたいな…」

「では、本日より彰様のメイドとして精一杯働かせていただきますので、何卒よろしくお願い申し上げます」


 と、彼女は深いお辞儀をする。

 ふわふわのメイド服の生地が彼女のバストの重さに耐え切れず、全開でその大きさを見せつけられてしまう。

 この子、絶対にワザとやってる!

 ボクの貞操観念を必死になって破壊しようとしている!


「あ、あと…。そのミニスカート過ぎるの、もう少し丈を長くできないの?」

「なるほど…。彰様は私の絶対領域を存分に味わいたいと?」

「誰も、そんなこと言ってません! もう少し丈を長くして、エロっぽくしないでほしいだけです!」


 かくして、彼女、松島彗はボクとひとつ屋根の下暮らすこととなった。

 彼女のフェロモン全開、痴女さ全開のこの状況でボクの方が先に精神的に死んでしまいそうだ。

けれど、彼女と親父が契約をしたんだから、ボクの身の回りのお世話をしてもらいつつ、仲良くやっていくしかない。

ボクは女の子に対する免疫はほぼゼロに近いのだから、そういった点数も上げていくことが親父の考えなのかもしれない。

ボクが心配しつつ、彼女の方に目を向ける。

彗さんは契約ができたことが嬉しかったのか、ニコニコ顔でボクの食べ終えた食器をキッチンのシンクで洗っていた。

ああ、ボクは彼女のことが苦手だよ…。

正直言うとね……。



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作品をお読みいただきありがとうございます!

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