第1話 私をお雇いいただけるのですね! ご主人様♡②

 ボクの名前は、藤井寺彰ふじいでらあきら。国芸館高等学校といういい所の坊ちゃんやお嬢様、はたまた皇室御用達…とまあVIPな連中の多くが在籍している高校に通う2年生だ。

 ボクは今、大きな問題に突き当たっている。

 ボクの今、目の前にはメイド服姿の美少女がボクに対して色仕掛けをチラチラと試みているのだ…。

 黒のミニスカートに胸元がふんわりと見えそうで見えない…。

 いや、見てない! 断じてボクは見てない!!


わたくしは家に戻れば、彰様のメイドです。色仕掛けがご必要であればおっしゃってくださいね?」

「いや、頼んでない! 断じてボクは頼んでない!」


 このいやらしい瞳でボクを舐めるように見てくるのは、松島彗まつしますいと言って、今日、国芸館高校に転入してきた転校生だ。

 なぜ、その転校生がボクの家で、しかも、このような破廉恥な姿で胸元をチラチラと見せてくるのか…というと、ちょっと深~~~いわけがあったりする。

 説明する前に一応、言っておくが、コイツは痴女ではない…らしい。




 高校2年生は転校生の紹介から始まった。

 担任の数学科の先生が、少女を連れて教室に入ってくる。

 周囲の人間は、「何? 転校生?」「どこの子なんだろう…?」と興味津々であった。

 身なりの整え方、歩き方、他の様々な所作はとても綺麗で、流れるようなものであった。

 それだけでも、この少女がただならぬ育ちをしていることを知ることが出来る。

 先生の横で、すっと生徒側に向き直る。

漆黒のような黒色のロングストレートの髪。そして、銀縁の洒落た眼鏡。

身長は見た感じ、165センチほどはあるだろうか。

制服から分かるウエストの細さと胸の大きさ(Iカップはあるかな…)。

その少女は先生の合図とともに、満面の笑みを浮かべながら挨拶をした。


「皆様、初めまして。松島彗まつしますいと申します。本日より皆様とともに勉学に邁進してまいります。よろしくお願いいたします」


 クラスメイトは息を飲んだ。

 そりゃそうだろう。

 どこぞの御曹司やお嬢様でもこれだけの挨拶をすることがなかなかできないヤツが多い。

 きちんとした執事などが親代わりとして育ててくれているならまだしも…。最近はその程度のこともしっかりと学ばせてもらえてない似非御曹司や似非お嬢様が跋扈ばっこしているのがこの国芸館高校ってわけだ。

 そこで、これだけ姿勢も整った綺麗なお辞儀をする女性が現れたら、皆、驚くに決まっている。

 挨拶も程々に、数学の授業がそのままの流れで始まる。

 彼女の席はボクの席から斜め前に三個ほど進んだ前から二番目の場所となった。

 英語の時間では、早速、教師からの洗礼として、予習もままならない状態の彼女に対して、英文の翻訳を任されたが、彼女はそれも難なくこなしてしまう。

 あの時の教師の悔しそうな顔は今もボクの脳裏に焼きついている。

 昼休み休憩になると、周りから女子たちが松島さんを取り囲み、根掘り葉掘りプライベートな情報にまで踏み込みながら話を聞いたり、放課後のお誘いをしている子もいる。

 なかなかの陽キャぶりじゃないか。

 しかし、彼女は右手の甲をそっと唇の傍に添えて、


「ふふふ…。皆様、楽し方ばかりですわね。折角のお誘いなんですけれども、まだこちらに引っ越してきて間もございませんでして、住む場所の整いもまだ不十分ですの…。環境が整ってからでもよろしいかしら…」


 眉を顰めるように物憂げな感じで彼女は周囲の陽キャ軍団に謝罪する。

 周囲の子たちも、その清楚ぶりに圧倒され、


「ま、まあ、今日じゃなくてもいいから」

「そうそう。松島さんの都合がいい時で良いからね」

「ありがとうございます! 皆さん、本当にお優しい方ばかりなんですね…。私、転校してくるのに少し不安もあったのですが、安心して日々の学業に専念できそうですわ」


 松島さんはニコリと周囲に微笑むと、なぜか周囲の子たちが顔を赤らめてしまう。

 なんで!? 何で女同士でそんな状態になんの!?

 百合!? 君たち、そっち系の人たちなの!?

 ボクは松島さんよりもコロコロと変わる周囲の反応に対して興味がいってしまった。



 放課後になり、部活動のある生徒は各々部室に向かい、ボクのような帰宅部にとってはこのあとの訪問地みちくさを楽しみにしている者もいた。

 今日はライトノベルの新刊の発売日で、書店に繰り出してからじっくりと帰宅してから読もうと決めていた。

 学校から近い本屋だと先生とか学校関係者に見つかって面倒な生徒指導室送りとなってしまうから、それが嫌で、敢えて遠い本屋にいつも通っていた。

 すでに本屋の主人とも顔見知りの仲で、欲しい新刊があれば頼んでおけば、取り置きもやってくれる。

 ボクはメイド物のラブコメ小説を購入すると、鞄に紙袋ごと放り込み、別の店にはしごをした上で帰路を急いだ。

 結構遠くまで来たから、自宅まで帰るとなると、周囲は暗くなってしまう。

 それほど治安が良い場所ではないので、日も暮れると不良がうろつき始める。

 絡まれる前に何としてでも帰宅したかった。

 目の前に公園の街灯が見えてくる。

 この公園を抜ければ、ショートカットでマイホームにあと2分というところに迫ることが出来る。

 その時だった。


「きゃ~~~~~~~~っ!!!」


 女性の悲鳴が公園に響き渡る。

 さすがに人助けができるかどうか自信はなかったが、ボクは悲鳴の聞こえた方向に向かって走った。

 最悪の場合、警察を呼べばいいんだ!(他力本願)

 ブランコやジャングルジムなど遊具が揃っているその場所に公衆トイレの明かりに照らされている倒れた女性がいた。

 きっと、この人がさっきの叫び声の主だ!

 よく見れば、ウチの高校の制服。あまり着衣に乱れがないことから、レイプというよりは金銭の強奪が目的だったのだろうか…。

 ボクはそばに駆け寄り、身体を揺さぶる。


「あの、大丈夫ですか!?」


 その女性は「うっ」と小さく呻く。

 しまった! もしかして、ケガでもしていたんだろうか!?

 それならば、激しく揺さぶったら出血が増えるんじゃないか!?

 そっと優しく抱き起こすが、血のような生温かさはなく、むしろ、彼女自身の温もりが服から伝わってくる。

 何だか、少し恥ずかしくなってしまう。

 こう見えてボクはシャイで女性との触れ合いなんて一切してこなかった。

 たぶん、幼稚園のお遊戯や小学校の運動会の競技のひとつでせいぜい手を繋いだという義務的なものくらい…。

 自分の意志で自ら触れたのはこれが初めてかもしれない。

 いや、そんなこと考えている場合じゃない!

 ボクは黒髪をそっと払うと、そこには見間違えようのない顔があった。


「ま、松島さ…ん?」

「えっと…あなたは…。確か、藤井寺くん…です…ね」


 痛みに耐えるように顔をしかめつつ、彼女はボクの名前を言った。

 別にこの子とクラスで挨拶をしたわけでもないし、話をしたわけでもない。

 それなのにクラスメイトの名前を憶えているってどれだけ頭がいいんだよ。


「ひ、悲鳴が聞こえたので、駆け付けたら…その、松島さんが倒れていて…」


 彼女はボクの肩を借りながら、起き上がると、少し照れ笑いを浮かべるように、


「カツアゲに出会ってしまいまして…」

「盗られたのはお金だけ?」

「ええ、貞操は守っておりますので」

「いや、そんなこと訊いてないから!」


 何て涼しそうな顔で、すげぇことをいう子なんだろう…。

 それが二人きりで交わした会話で感じた印象だった。



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作品をお読みいただきありがとうございます!

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