第1話 私をお雇いいただけるのですね! ご主人様♡①

「それにしても、この町は治安がよろしくないのですね…」


 同じ高校の制服の美少女、松島彗は周囲を見渡しながら、そういった。

 それに対して、ボク、藤井寺彰はひとつため息をついてから、彼女に続く。


「まあね。高級住宅街や高級マンションが立ち並んでるからと言って、治安がいいとは限らないよ。お金を持っていると思われているから、夜間は特に危険だからね」

「そうなんですね…。勉強になります。では、ここで住むのは少し難しいかしら…」

「え、でも、松島さんってこの辺に住んでるんですよね? こんな時間にこの公園にいるってことは…」

「ええ、私、ここに住んでますよ。

「え………」


 ん? 今、何ておっしゃいましたか?

 彼女の発言を脳内が何度も繰り返しリプレイしてくれる。

 ただ、何度脳内でリプレイしても、言ってる発言は衝撃を受けるものだった。


【私、ここに住んでますよ。この公園に】


 いや、倒置法を使ってわざわざ強調してくれなくてもいいんだけれど…。

 ボクは驚くように彼女に、


「ま、マジですか…?」

「ええ、嘘ついても仕方ありませんよ」


 いや、そんな衝撃的なことを言った後も清楚で居続けられる、松島さんの精神力に完敗なんですけど…。

 やや困った表情をしつつ、彼女はボクの口元に人差し指を触れそうして、


「私、少し訳ありまして、ここ半年ほど野宿で耐え忍んでいるのです。あ、他のクラスメイトの皆さんには内緒ですよ。あくまでも藤井寺くんとの秘密ということにしておいてくださいね」


 あ、そのボクに触れそうで触れられない人差し指は内緒って意味だったんですね…。

 ボクはそういうのに疎いんだからあまりややこしいことはしないでほしい。


「とはいえ、まさか転校初日にお金を奪われてしまうとは…困りました……。生活資金全額とは言いませんが、かなりの額も入っていましたので…」


 いやいや、そもそもこの子、ホームレスってこと!?

 訳ありとか自分で言ってるけれど、大訳ありだろ!


「もう、仕方ない! 松島さん、ボクの部屋においでよ…。次の住まいが見つかるまでなら、泊めることくらいはできるから」

「え……。で、でも、よろしいのでしょうか…」


 松島さんは突然、顔を赤らめ、恥じらい始める。


「別に問題ないよ…。家がない人を助けたら、退学になるって話は聞いたことがないからね!」

「あ、いえ、そうではなく、男女が一つ屋根の下で…その、二人っきりで暮らすということに…」


 あ…。ボクは完全に失念していた。

 つい勢いで言ってしまったが、改めて言われて気づいた。

 ボクらは高校2年生で、彼女がどこの家の子かは知らないけれど、ボクは藤井寺家の御曹司としてこのままいけば後継ぎとなる予定の人物だ。

 そんな二人が生活をともにするというのはさすがにマズいのかもしれない…。

 とはいえ、そんなこと言ってられない。

 まずは、松島さんの身の安全を確保することが最優先だろう。


「まあ、次の家が見つかるまでの間だから…」

「では、お言葉に甘えさせていただきます」


 恥じらっていた表情が、今度はホッと落ち着いた表情へと変わる。

 公園では雨露を凌ぐことぐらいしかできない。

 しかも、こんな未成年の美少女を野宿させる危険から考えれば、男女ひとつ屋根の下という障壁くらい、ボクが理性を保てば何とでもなる…だろう……。


「じゃあ、行こうか…」


 ボクが彼女に手を差し出そうとすると、それを無視して、立ち上がり女子トイレの中に入っていく。

 まあ、緊張してお手洗いをしたい気持ちも分からないでもない。


「お待たせしました」


 て、早っ!?

 それに何だか大荷物を持ってるぞ…。


「申し訳ありません。このトイレのひとつを私の荷物置きにしていたものでして…」


 若干の俯き加減でお淑やかにそう言う。

 まあ、公園で野宿ともなれば、学校に行っている間は荷物をどこかに隠しておかなければならないもんな…。

 ボクは自分にそう言い聞かせて、敢えて、彼女のひとつひとつの驚かされる行動に目をつむった。


「あの、藤井寺くん? どうされたのですか…? ボーッとされているようでしたけれども…」

「ああ、ごめんごめん。気にしないで」


 むしろ、自分のことを気にしてほしい。

 どうして公園で野宿とか常識からかなり逸脱した行動を起こしても何とも思ってないのか…。

 学校ではあまりにも清楚だったから、どこかのお嬢様って感じに見えたけど、どうやら、これは本当の「訳あり」みたいだな…。

 ボクはそんな彼女を公園から2分足らずで到着する高級マンション…ではなく、中流家庭の住まいとしても活用されている低価格なマンションに到着する。

 たとえ、低価格といっても、セキュリティはしっかりしていて、オートロックとなっていて、外部からの侵入も幾分かは防ぐことができる。

 ボクは鍵を受付の端末に差し込み、右に90度回す。

 入り口となっている自動ドアが開き、ボクらは流れるように入る。

 ドアを開け、ボクが先に上がり、部屋のあかりを点ける。


「ごめん、ちょっと散らかっているけれど、入って…」

「お邪魔します…」


 松島さんは恐る恐る玄関のドアをくぐる。

 別にボクが襲ったりしないとは認識しているようだけれど、本当に入っていいものか躊躇している様子だった。

 ボクは先に部屋に上がり、リビングの散らかったものを一気にごみ袋に突っ込む。

 まあ、一人暮らしの男の子の部屋なんて期待なぞしてはいけない。

 綺麗になるのは、客人を招くか、恋人を招くときくらいなものだ。

 客人と言っても、顔見知りの友だちなんかが来る場合は、汚い部屋のままだし。

 彼女は大きな荷物を抱えたまま、リビングに顔を出す。

 部屋を見渡して、「ほぅ…」とため息を漏らす。


「ごめんな…、汚い部屋で」

「あ、いえ…。それは大丈夫です。まあ、汚いには違いありませんが…」


 ほっといてくれよ!

 てか、余計なこと言わんでいい!!


わたくしが驚いたのは、お一人で暮らされているのに、かなり広いマンションに住まわれているんですね…。お部屋数でいうと、1、2、3部屋ございますものね…」


 彼女は部屋を見まわし、引き戸のある場所を含めて数えた。

 ボクは髪の毛をかきながら、


「まあ、契約は親父がしたんだけどな…。ボクが国芸館を受験するって言ったら、張り切って3LDKのマンションなんか借りたんだよ。ボクは1Rで良いって言ったんだけど…。て、ごめん! 荷物下ろしてよ、重いでしょ?」

「あ、いえ、慣れてますので…」


 どんな生活したらそんな大荷物を抱えるのに慣れるんだよ!

 ますます、松島さんが分からなくなってきちゃうよ。


「ただ、お言葉に甘えて、下ろさせてもらいます」


 荷物を下ろすと、肩が楽になったのか、腕をグルグルと回している。

 ボクはこれらのキャンプ道具のようなものを見ろしつつ、


「松島さんは本当にあの場所で野宿しようと思っていたの?」

「ええ、そのようなことに対して、嘘は申しませんわ」

「なんで?」

「いえ、私の話を聞いておられましたか? 私は訳あって、家がございません」

「いや、それは分かったんだけれど、なんで、そうなったのかなって…?」


 ボクがそう返すと、彼女の顔がふっと暗くなってしまう。

 どうしても触れてほしくない傷口を撫でられたような表情。


「あー、ごめん。今は言わなくていいよ。そのうち、言えそうな時が来たらで構わないよ」

「申し訳ありません。泊めていただく立場の者がこのようなご無礼を…。機会が参りましたら、ぜひともお話をさせていただきますので…」

「まあ、そんなにかしこまらなくてもいいよ。さてと、じゃあ、晩御飯にしよっか。まだ何も食べてないでしょ?」


 彼女は無言のまま、コクリと頷く。

 ボクは立ち上がろうとすると、彼女がスッと手を差し出してくる。

 まるで、ボクが立ち上がるのを制止するように。


「あの、せっかく助けていただいたのですから、わたくしもお礼をさせていただけませんか?」

「え? あ、うん…」

「では、晩御飯は私が作らせていただきますね」


 彼女は立ち上がると、キッチンに向かい、そこからこちらを覗き込み、


「冷蔵庫の中身、勝手に使ってもよろしいでしょうか?」

「うん、構わないよ…と言っても、あまり大したものはないかもしれないけれど…」

「大丈夫です。私にお任せください」


 まるでメイドのようにうやうやしくお辞儀をすると、冷蔵庫から使えそうな材料を取り出し、ササッと調理をし始める。

 香ばしいウィンナーの香りと食欲をそそる中華スープの香りが部屋に広がる。

 あっという間に、晩御飯は出来上がり、リビングのローテーブルにチャーハンと中華スープが一組置かれる。


「あれ? 君の分は?」

「え!? あ…。あの…私は今、まだそれほどお腹が減っておりませんので、あとで食べさせていただこうかと…」


 あら、そうなんだ。

 まあ、それならば別に構わない。

 ボクは早速、晩御飯をいただくことにする。

 久々にまともな食事を家でするように感じる。

 チャーハンを一掬ひとすくい口に運ぶと、口の中でご飯がパラパラッと解けて、口の中に香ばしい醤油の香りも広がる。

 ウチの冷蔵庫にこんな美味い食事が作れる材料なんてあったのかな…と驚かされてしまう。

 彼女はずっとボクの方を見つめている。


「これ、すっごく美味しいね。君のつくるご飯なら毎日でも食べたいかも」


 と、ボクは無邪気に笑いながら、そういった。

 彼女は小さな声で「ありがとうございます」と言いつつ、顔を真っ赤にして俯いた。

 何だか、一つ一つの行動が清楚なんだよなぁ…。

 こっちが恥ずかしくなるぐらいに。


「あ、あのさぁ、もしも待っているんだったら、服、先に着替えたらどう?」

「あ、そうですね」


 と、言って、彼女は上着をその場で脱ぎ捨て、ブラウスのボタンに手を掛ける。


「て、ちょっと待った———————っ!!」

「ど、どうかされましたか?」

「どうして、ここで着替える!?」

「いえ、私が使える部屋は他にございませんので…。それに食事中の目の保養になればと思い…」


 ポッと頬をピンクに染める松島さん。

 いや、「ポッ」じゃないから…。ボクは食事中に何を見せつけられるんだよ…。


「こっちはボクの部屋だから、そっち側の部屋を使ってよ。そこは…ごめん、物置として使っていた部屋だから片付ければ使えると思うから…」

「ありがとうございます…。公園で野宿するくらいでしたら、たとえ物置部屋であったとしても、大丈夫ですから」


 そういって、彼女は荷物を再び抱えて、部屋に入っていった。

 ボクは静かになったリビングで食事を済ませる。



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作品をお読みいただきありがとうございます!

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