第93話 溶かしてみようかと
「いらっしゃいませー」
今日も今日とて平和な店内に本日最初のお客様の来店である。時計は既に12時を回っている。
手にしていたタッパーの残骸を端に寄せお冷とお手拭きをテーブルへと運ぶ。お馴染みになりつつある農協さんだ。カレーを大層気に入ってもらえたようで週一で食べに来てくれる。
何でも蕎麦屋のカレーは食べ飽きたとか。あの出汁の風味も好きなんだけど蕎麦はもちろんうどんも丼物も基本は同じなのでたまには他の味が恋しくなりうちのスパイスが香るカレーが丁度いいらしい。確かに蕎麦屋じゃ出てこないだろうな。
農協といってもやっていることは郵便局や銀行とそんなに変わらないようだ。ノルマ的な数値目標もあり貯蓄や投資、保険の契約をとる。そのためには小まめに顔を出していかにお客さんの信用を得ることができるかがとても重要だそうだ。何気なく笑顔で話してくれるが俺の性格ではなかなか難しそうなお仕事だ。
残念ながら貯蓄や投資に廻す余裕はないのでついでの勧誘は丁寧にお断りしておく。保険くらいなら少し考えておこうかななどと思いながらチラリとカウンターを眺めて少し申し訳ない気持ちになったりもする。
そこにあるのはタッパーを細長くひも状に切ったゴミにしか見えないもの。でもゴミじゃないから。ちゃんと必要なモノですから。いや、店には必要ないんだが。
空いた時間に好きなことができる職場。控えめに言ってサイコーである。
そんなゴミにしか見えないものを何に使うかと言えば当然
しかしできた隙間は材料がないから隙間ができているのであってそこを何かで埋めなくてはならない。そのために溶接には溶接棒と呼ばれる溶かす材料が必要なんだけど買うとなると100本とかそんな単位の物になってしまう。値段は大したことないんだけどそんなにあっても次に使う機会があるかどうかは不明だ。まぁほぼ出番はない。
ならばどうするか。同じ材質の物で代用しようかと。そして今回目を付けたのがどこの家にもあるであろうタッパーウェアだ。底にはきちんとPP製であることを示す表示がある。
PPはその熱可塑性の特性により様々な形に成形しやすく大量生産に向いており身の回りの多くの製品に利用されている。一度形を決めてから冷えればその形が変わりにくいのだ。どんな形にもなる。
しかし一定以上の熱を加えれば溶ける。
その溶けた状態でクラックに詰め込んでやれば元の素材と混ざり隙間を塞いでくれるだろうと考えたわけだ。接着剤はつかなくても同じ素材の物なら適度に混ざって固まってくれるのではないかと安直な発想です。失敗したらきっと穴が開くな。
ならどうやって溶かそうかと考えた末に昨夜押し入れから引っ張り出したのが中学の技術の時間に買わされた懐かしのブツだ。
テレレレッテレー、『はんだごて』(普通過ぎ)
昨夜の段階ではちゃんと熱くなってたからきっと使えるだろう。(いいかげん)
PPの耐熱温度は高くても160度前後なのに対してはんだごてのこて先は軽く200度以上にはなる。これならば溶けるはずだ。いや、溶けてください。お願いします。
その作業のために先端を溶かしやすくするためにタッパーを細長く切ってたんですよ。量的には欠片で十分そうなんだけど短いと熱が伝わって把持が困難になりそうだなと。
そんな新しい作業は夜のお楽しみに取っておいてまずは目の前の本業(?)片付けましょ。お仕事お仕事。
最初は感じなかったのだが週末が賑やかになってからは火曜、水曜の静かさが際立ってきた。今日も残念な子ながら夕方を前に十人に届いていない。いっそのこと定休日にしてしまうのも有りかとも思うのだが農協さんのようにリピーターになってくれた人のことを思うとそれも難しいか。間を取って昼だけ営業というのも検討してみるのもいいかもしれない。
そんなことを考えながら19時には店を閉めた。
さて趣味の時間の始まりだな。
お前いつもだろうって?
んな訳あるかい。気のせい気のせい。
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