第92話 ホーム
「それを直すのか?」
「これはオマケですよ。せっかく分解したんでついでです。本命は道具がないんで明日以降ですね」
「わざわざ道具を買うのか?」
「いえ、うちにある道具で済ますつもりですけど昨夜も泊まっちゃって家に帰ってないんですよ」
「何だ、すっかり住み込みだな」
「はは、ホントにそうですね。お昼ごはんですよね、何にします?」
「ハヤシライスにソーセージ付けてくれ」
「はい、了解です」
いつもの席に座って煙草に火を着けた弦さんにお冷と灰皿を出してから厨房へと入る。カウルはカウンターの内側に隠しました。
外していたエプロンを着けて手をしっかりと洗う。いくら匂いが無いとはいっても細かいカスや汚れは避けられない。念のためディスポの手袋はしてるんだけど入念に洗います。
「修理は大変そうか?」
料理を配膳するときに弦さんに聞かれる。
「修理そのものは大したことないんですけど部品を乾かしたり戻すときに調整しなきゃいけないことがあるんでそれがちょっと時間かかりますね。あとさっきみたいな余計な事もしてますし。でも週末には戻せる予定です。忍さんには昨夜簡単に報告しておきました」
「そうか。すまんな、余計な事を頼んで」
「好きでやってますから気にしないでください。バイク触れて楽しいくらいですよ」
「そうか、なら任せよう。シンさんの具合はどうだ?」
「順調ならそろそろ退院の日程決まるんじゃないですかね。その辺教えてほしいって昨日改めて頼んでおいたんで決まったら連絡くれると思いますよ。俺もそろそろマスターの料理食べたいなぁ」
「何言っとる。わしを含めて客は兄ちゃんの作った飯食いに来とるんだぞ。そんなんでどうする」
「もちろん自分で作ったのも好きですけど作ってもらうのはまた別じゃないですか。仮に同じ味のものが作れたとしても違うんですよ」
同じ材料を使って同じ調理方法で作って第三者は遜色ないと感じてくれても作っている本人は何かが足りない気がするものだ。例えそれが記憶の中で美化されたものだとしても常に憧れ追いかける気持ちは大事だと思う。そう、気持ちの問題ですよ。
「しかし真さんも帰ってきたら驚くだろうな。週末のあの混みようは中々のもんだ。こんな山の中であんなに人が集まることはないからな」
「それなんですよ。好きにやっていいって事で始めたんですけどあんなに人が集まるのは想定してなくて。マスターが帰ってきたらメニュー戻すのもありなんでしょうけど寄ってくれたお客さんに悪いなぁと思っちゃって。どうしたらいいと思います?」
「わしに聞くのか?」
「だって顧問じゃないですか」
「ありゃ冗談だろうが。ソーセージ一本分は忍を紹介してチャラだ。そんなもの真さんに素直に相談すればいいだけだ。悪いようにはせんじゃろ。ほれそんなことより客だぞ。仕事せい」
その言葉に駐車場に目をやるとバイクが二台入ってきていた。月曜なのにみんな元気だな。
「確かになるようにしかならないんですけどね」
小声で零しながらお客さんを迎えるためにカウンターの定位置へと移動した。
この日は結局、月曜だというのにそこそこの来店があり昼間は忙しい日となった。夜は相変わらずでお客さんの気配もないので19時過ぎで本日の営業を終了とした。お陰でだいぶ磨きが進みました。俺は喫茶店で何をしているんだろうか。
二日ぶりに帰った我が家はやっぱり落ち着く。俺はどこでも寝られる自信はあるしテントの空間も別の意味で落ち着くのだがこうして帰ってくるとホームの大切さが良くわかる。何の心配もなく力を抜いていい場所は必要なんだなと改めて思ったりする。この場所を作ってくれた両親に感謝、感謝。
一息ついたら風呂の前に懐中電灯を片手に部屋の押し入れをゴソゴソと漁る。修理のための道具を探します。それは古い記憶に違わず押し入れの奥の段ボール箱に入ってました。まあ見つからなければ安い物なんで密林さんで買えば二、三日中には届くんだけど。
これで明日は作業を進められるかなと一安心してからゆっくりと風呂に入って今日はおしまいです。お疲れさまでした。
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