第91話 地味
差し込む朝陽に目が覚めた。
知らない天井……ではないな。見慣れてないけど店の居間の天井だ。
室内で眠ったもののキャンプ用のマットに寝袋だから頭の中はキャンプモードで朝陽とともに目覚めてしまったようだ。しかもカーテン引かなかったから朝陽が直撃。
『朝はどこから来るのでしょう』なんてCMのセリフがあった気がするが、昔ならそこに攻め込んで二、三日は出てこれないようにしてやりたいと思ったものだ。
でもそれは昔のこと。今は早起きも嫌いではない。得意ではないけど。これもキャンプで朝の空気の気持ちよさを知ったからかもしれない。でもこの年でお年寄りが朝の散歩を楽しむ気持ちが少し分かってしまうのはどうなのだろうか。
既に勝手知ったる他人の家状態なので洗面所で顔を洗い意識をシャッキリさせる。洗濯物は無事に乾いたようなのでそそくさと下着をつけ身なりを整えた。普段はピッチりとしたボクサータイプのパンツである程度固定されているモノがブラブラしてるのはやっぱり落ち着かないんです。
窓を開けて朝の湿った空気で室内に籠った空気を換気しながら庭へと向かう。二晩張りっぱなしのテントを片付けないとね。ガイロープを緩めペグを抜いて夜を越してまた少し湿ってしまったフライシートとインナーを物干しに掛ける。グランドシートも裏返して土間帚で軽くゴミを払ってから物干し竿へ。昨夜使った寝袋も広げて竿へ。店を開ける前には乾くだろうから後は畳むだけだ。ペグを抜いた芝生は踏んで戻しておいた。
洗って犬走りに立てかけてあった道具たちもすっかり乾いている。念のためタオルで拭いてから元のようにスタッキングして片付けていく。
庭の片付けが一段落したら店の周りを軽く散歩。林を回り込むような道の先まで来ると見える畑には既に人影がいくつもある。ピークは過ぎたとはいえ朝採り野菜の収穫は暗いうちから始まっている。農家さんご苦労様です。そしてありがとうございます。
暫く作業風景を煙草を燻らせながら眺めてから店へと戻ると開店前のルーチンワーク。入口の脇に置いてある箒とチリトリを持って入口周りの掃き掃除。終わったら駐車場の出入り口。駐車場は砂利敷きなんで出入りでどうしても道路に小石や砂が散らばってしまうし枯葉もちらほらと増えてきた。バイクが乗ると簡単に滑ってしまうので出来るだけ綺麗にしておきたい。意外と腰に来るので屈まないで済む柄の長い竹箒が欲しくなる。
どこから来るのかわからない駐車場のビニールゴミを拾って外周清掃は終了です。最初に頼まれた草むしりもちゃんとやってます。
うーん、今日は時間があるから窓拭きでもやっておくかな。やる気になると仕事はいくらでもあるものです。
『カランコロン』
「何やっとるんじゃ?」
入口扉のベルの音とともに店に入ってきた弦さんの第一声です。
「ああいいらっしゃい。これお孫さんのバイクの部品です」
店を開けた後に週末の喧騒が夢であったかのような静かな店内で特にやらなくちゃならないこともないので昨夜バラした外装をシコシコと磨いているところです。時間のかかる地味な作業です。まあ修理なんてこんなのばっかりだけど。
早起きして時間が余っちゃったのでカウルの汚れ落としに挑戦することにしたんです。洗って磨くだけの簡単作業ですけど。これなら油の匂いも気しないで店内で暇なときにできると持ち込んでます。
喫茶店のカウンターでデッカイ緑色の変な物磨いてたらそりゃ不思議だわな。
FRP製の外装部品のくすみや汚れは大体が表面のクリア塗料の劣化が原因だったりする。紫外線で劣化した表面のクリア塗装が目では見えないレベルだけどひび割れ浮いてくるので反射が乱れてくすんだ印象になる。ならその傷んだ塗装を削って平らに均してしまえば綺麗になるということだ。もちろん削った後には塗り直しが必要だけどね。皮を一枚剥く感じ。
最初は1500番くらいの紙ヤスリで削りたいと思ったんだけど残念ながら小屋にはありませんでした。なので液体クレンザーで表面の汚れと大きな傷みをまずは取り除く。そして登場するのは王道の金属研磨剤として有名なあの製品。これは予想に違わず小屋にも置いてありました。みんな金属用だと思ってるみたいだけどしっかりとプラスチックにも使えます。ちゃんと缶の説明書きにも書いてあります。
ただ本当に粒子が細かいので時間がかかります。塗装仕上げ用のラビングコンパウンドより大変かも。とにかく磨く。ひたすら磨く。すると何という事でしょう。白くボケたり黒ずんでいたカウルが鮮やかな緑に変わっていくではありませんか。
いや実は磨いているときにはそんなに感じません。磨き終わってから磨く前のカウルと並べてみるとその違いは一目瞭然なんですけどね。これだけ綺麗なるならフロントカウルとフェンダーも外すかな。(仕事を増やすバカ)
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