第90話 剝いてみよう
小屋の扉を開け電気をつける。点くのにちょっと間があるのは古い管だからなのかグローが弱ってるからなのか。切れたらLEDに換えておこうかな。
白い光に照らし出された室内にはスタンドに据えられて宝物が鎮座している。見ているだけでウキウキする光景だ。
ちょっと場所をお借りしますとご本尊様に一声かけて端に停めたチビ助の元へ。ミニバイクを整備するくらいのスペースは十分にある。
それじゃあ早速剝いてみよう。
お決まりの最初の作業としてシートを外す。次にサイドのシュラウド。これで十分な気もするけどバカゆえにバラシ始めるとこれで済むわけがない。当然の様にタンクを外したくなってしまう。
タンクの固定はメンテ性を考慮してなのかボルトではなくピン一本。オフ車にはよくあることだけどオンがメインだと何か色々と驚く。
燃料コックをOFFにしてホースを外すんだけどコックは何故か右側だったりする。「何でだ?」とよく見てみるとチャンバーがうねって左側から右側へとフレームの隙間を縫ってタンク下を貫通している。どうやらそれが邪魔して左側には付けられないようだ。
何だこの作り?長さを稼ぎたいんだろうなとは思うけど社外品のチャンバーは普通の形だったような気がする。こっちの方が排圧とかメリットあるんだろうか。
キャブにつながるホースがコックの裏側でアクセスしてるんで滅茶苦茶外しずらい。力入んないんですよ。仕方がないのでちょっとタンクを浮かせて角度を変えたら何とか外せました。コックに滲みはあるけど漏れてはいないかな。コックよりホースの方がヤバそうだ。
そんな余計な苦労を経験しながらタンクを外した。ふむスッキリ。
こうなるとサイドカウルも外したくなるのは人情でしょうか。(違う)
外したカウルを見ると所々黒ずんで汚れが目立つ。古い物だから当然といえば当然なんだけどせっかくだから化粧直しくらいしてやりたいな。
「こんなとこか」
念のためにバッテリーのマイナス端子を外してからすっかりフレームが剝き出しになった車体を眺め独り言ちる。
ふと時計を見ると21時を回っている。この辺で切り上げて残りは明日のお楽しみとするのが常識のある大人なのだろうが肝心のオイルタンクに手を付けていないのが何とも気持ちが悪い。
(今帰らないと遅くなっちゃうなぁ。夜中にゴソゴソするのも申し訳ないしなぁ。
あっ!寝袋あるじゃん。このまま泊まっちゃえばいいのか)
キャンプ道具が一式あるのだ。リビングで寝袋にくるまっていれば寝るのに何の問題もないし通勤時間もかからない。これ最高じゃね?
若い女の子がいきなり外泊じゃあ心配もされるだろうけど三十路の独身男は何でもありだ。うちの親も電話一本いれておけば一週間やそこら帰らなくても何も言わないだろう。
ああでも着替えが…。この後に洗濯しとけば朝までに乾くかな?今晩ノーパンで寝ることになるけど。まぁ誰も来ないだろうし短パン直穿で何とかなるか。女性がノーブラで寝るようなもんだろ。(多分違う)
結論が『もう少し弄ってても大丈夫』となるように組み立てられた自分を納得させるための超自己中論理回路が発動している。独り身が長いとたまに発動する。そして理論武装が完了したところで徐に計画を実行に移すためスマホを手に取るのだった。
「あ、もしもしオレオレ。実はさ『ガチャ、ツーツー』」
……いや詐欺じゃないから!
我が家の防犯意識を体感しながらも今日も帰らないことを何とか伝えた。
案の定と言おうか反応は『はいはい』という極々御座なりなものだった事を付け加えておこう。子供といえども三十路を過ぎてから仕事を辞めたと思ったら急に喫茶店の雇われなんか始めたバカ息子の扱いとしてはこんなものだろう。
結局その後、オイルタンクを外して、オイルを抜いて、綺麗に洗って干すところまでやって終了とした。頑張っちゃったな。いや楽しんだだけか。
小屋の鍵を閉めてから一度締めた店の鍵を開ける。深夜に人気のない店の入り口でゴソゴソと動いてるオッサン。見つかったら職質間違いなしだな。
中に入ったら風呂場へ直行。昨日の服と一緒に脱いだ服を洗濯機に放り込んでスイッチオン。本当は寝巻の短パンとTシャツも洗いたいところだけどそれをやったら裸族で朝を迎えることになってしまうのでそこは我慢しました。
風呂上りに木島さんに状況連絡を入れて修理の方向を伝えるとすぐに了承の返事が来た。それに安心して昨夜の残りの缶ビールを片手に再びネットを彷徨っていると洗濯が無事に終了。
Gパンを裏返してからピンチハンガーに靴下やらパンツと一緒にぶら下げていく。シャツは針金ハンガーだな。
夜中にこんな事をしたことがないので疑似独り暮らし体験の様でちょっと楽しいが毎日これだとかなり大変だろうなと思ったりもする。世の中の独身男性は頑張ってるんだな。
洗濯物干しが終われば今日は終了。あっ夕飯食ってないわ。でも腹減ってないからいいか。さすがにテントに潜り込む気にはならないのでリビングにマットを敷いて寝ることにする。封筒型の寝袋のファスナーを開ければ立派な肌掛け布団の代わりになる。
今日も一日楽しかった。おやすみなさい。
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