第88話 裏メニュー

 しっかり楽しんだ後は次を目指してしっかり働く。気持ちが身体を引っ張るから多少の疲れは気にならない。傍目には同じに見えるだろうが働くために休むんじゃなくて楽しむために働いた方が遣り甲斐が感じられるでしょ?


 はっきりした目標って結構大事だなとか思ったりする。未来日記ってこういうことなんだろうな。


 もちろん時の流れに身を任せたスローな生活も魅力はあるのだが俺にはまだ早そうだと最近感じている。それだけ今の仕事が楽しいってことなのかもしれないけど。


 この職場の一番いいところは誰とも競い合う必要がないことだろうか。当然、生馬の目を抜くように相手を出し抜く必要もない。周りと比べる必要なく自分が自分として立っていられる気がする。


 裏を返せば緊張感が足りないのかもしれないが今の自分はそれを求めていないからね。経営の問題が加わればあっという間にひっくり返る話でもあるけど幸いなことに今は考える必要がない。ならば素直に受け入れて楽しむべきと思う。


 今日も天気のおかげか出足は好調だ。開店前には既にバイクが三台駐車場に停まってそこそこいいお年の男性が煙草を吸いながらお互いのバイクを眺め楽しそうに談笑していた。端に停めてある俺のリアルチョロQもネタになってるみたいだ。


 バイクはGPZ900RにFJ1200、CB750Fとどれも古い車体だけどピカピカだ。長く大切に乗ってるのが分かる。ナンバープレートは県外だからツーリングだね。俺もこの先、年を取ったらこんな風にツーリング出来たらいいなと思う。


 フロアは今日も三人態勢なので多少の混雑は問題にならないだろう。三人とも昨日の経験もあるし昨夜のBBQのおかげかコミュケーションも良好なようだ。隅っこに固まってこちらをチラチラ見ながら小声で何やら話をしているのは気になるが。


 JK’sはちゃんと着替えも持ってきていた。キャンプに使うと服もいい具合に燻されたりするからね。シャワーも浴びたしこれなら今朝まで庭のテントで寝てたとは誰も気付かないだろう。


 しかしこうして端から見ていると改めて彼女たちの順応力には驚かされる。新しいことを躊躇いなく吸収している感じ。若いという言葉で括れるものでもないだろうけど年を重ねると余計な知識が邪魔をしてしまう。積み重ねた経験がその辺を補ってくれることも多いんだけど素直に感心するしかない。自然と馴染むのと意識して慣れるのは結構違うものだ。


 開店と同時にパラパラと訪れるお客さんに淀みなく対応していく。さすがに昼を過ぎてからはちょっとお待たせの場面もあったがこれは調理が俺一人だし店のキャパの問題なんで仕方がないと割り切る。


 でもこの状況をマスターが見たらどう思うんだろう。ちょっと申し訳ない気もするな。


 週末の賑わいも14時を過ぎる頃には落ち着いてきた。

 ふぅ、今週も何とか乗り切れたかな。三人の助っ人は本当にありがたかった。


 手が空いてきたところで賄いを尋ねると三音里ちゃんからメニューにないリクエストがあった。昨夜のBBQを見て思いついたらしいが三人とも同じでいいと言うし既存メニューにひと手間加えるだけだから何とかなるだろうと挑戦してみることにした。


 加えるひと手間は至って簡単で鉄鋳物のステーキ皿をコンロで熱してそこにパスタを盛ってから周りに溶き卵を流し入れるだけ。少し焦がせば鉄板ナポリタンの完成です。見た目もケチャップの赤とピーマンの緑に卵の黄色が加わって何とも美味しそうに仕上がった。裏メニューにするのも面白いかも。


 昨夜のステーキを焼いている鉄板を見ながら焼きそば食べたいとか考えてたらしい。どんだけ食うんだよ。


 でも店に中華麺はないので代用としてパスタに思い至り、そこからかの有名な名古屋飯に行き着き今回のリクエストになったようだ。


「はい、おまたせ」


 カウンターで今や遅しと待ち構える欠食児童二人にまずは提供。木島さんは二人が終わってからだけどそこは仕方がない。


「熱々でパリパリ。これ美味しい」

「焦げたパスタって食感が面白いです。ケチャップも焦げていい匂い」


 揚げパスタとかツマミであったりするから焦げても美味いのだろう。


 食いしん坊には概ね好評のようで一安心。でも食べられれば何でもいい疑惑が。


 交代で木島さんが食べ終わる頃には店内にお客さんの姿もないのでJK’sには庭のテントの撤収と帰りの荷造りをさせる。この時間で出発できれば明るいうちに家に着けるだろう。暗くなった山道は想像以上に危険です。俺はちょっと楽しいけど。(バカなので)


 木島さんは上がってもらってよかったんだけど二人を見送りたいというのでそれまで残ってくれることになった。お互い馬が合ったようで仲良くなってくれてホント良かった。人間関係は厄介ですから。理屈じゃあどうしようもないからね。

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