第86話 お迎え
「何しとるんじゃ?」
珍客の食事風景をニマニマと眺めていると後ろから声を掛けられた。
そこには弦さんが立っていた。木島さんを迎えに来てみたものの店が閉まっていたため建物の横を通って庭に回って来たようだ。
「ん?狸か。コラッ!」
突然怒鳴られたタヌキは一瞬ビクリとすると一目散に生垣の向こうへと消えた。
「お爺ちゃん!何で脅かすのよ。可愛かったのに」
「あいつらはちゃんと追っ払わないと勘違いするからな。ちゃんと線を引いといてやらないとお互いに嫌な思いをする事になる」
確かに人慣れした野生動物は人を恐れないから平気で畑の作物を荒らすようになったりする。そうなれば害獣として駆除するしかなくなってしまうのも事実だ。なら生活範囲を明確に分ける事は必要な事だろう。決して可愛くないと思ってる訳ではなく可愛いでは済ませられない現実があるのだ。この場所で長く暮らす人の言葉はそれだけで説得力がある。
「すいません、迎えに来てもらっちゃって。俺がお酒飲ませちゃったから」
「いや、気にせんでいい。どうせ忍が自分で飲みたいと言ったんじゃろ」
「何それ。それじゃあ私がタダの呑兵衛みたいじゃない。お爺ちゃん酷い」
こちらは三本目をその手に持ちながらだから全く説得力がありません。
「赤い顔して何言っとる。そういえばバイクはどうだ?直せそうか?」
そう言えばそんな話あったな。俺も程よく酔っ払ってる。
「ちょっと預かってもいいですか?遣り様は在ると思うんで。でも足が無くなっちゃったら困るかな」
「大丈夫です。お母さんの軽自動車借りますから。直るんなら直して欲しいです」
「OK、じゃあ頑張ってみるよ」
あっさりと入院が決定しました。バラして組むだけでもそこそこ時間がかかるのでお預かりで時間に余裕があるのはいいことだ。上手くできる保証はないんだけど。
「そうかそうか。じゃあ頼むよ。ほれ、忍帰るぞ」
「え〜、もうちょっと三音里ちゃんと翼ちゃんとお話ししてたいのに」
「明日もバイトで会うんじゃろ。今日はその辺にしとかんか」
「はーい、じゃあ今日はここまでにしときます。マスター、明日はちょっと早めに来ますから準備も手伝いますね」
「ああ、助かる。お願いするよ」
木島さんはその後に三音里ちゃんと翼ちゃんにも挨拶をしてから弦さんに連れられるようにしてちょっと怪しい足取りで帰っていった。
「リーダー、リーダー。忍さんていい人ですよねぇ」
二人の姿が消えると三音里ちゃんが寄ってきてポショポショと話しかけてくる。
「ああ、そうだな」
視線を向けることもなくそっけなく答える。
「明るいし美人だし」
「何が言いたい?」
そこで三音里ちゃんを見ると口元を手で隠しながらも目がニマニマと笑っている。
「いやー、リーダーの彼女さんにちょうどいいかなって」
君は世話好きのオバハンか。
「何バカ言ってんだか。彼女は単なるアルバイトです。変なこと言うと仕事しづらくなるからやめてくれ」
「えーそうかなー。忍さんも結構好印象だと思うんだけどなー」
女子高生に揶揄われる三十路を過ぎたいい大人。情けなさすぎる。
「はいお終い、お終い。ほれ、バカ言ってないで片付け手伝ってくれ。せっかくのキャンプなんだからチャッチャと片付けてゆっくり焚火でも眺めよう」
時間はまだ21時を過ぎたばかり。降るような星空の元で揺らぐ炎を眺める時間は十分にある。そもそも俺はこの景色のためにキャンプやってるようなものだからせっかくの機会を逃すわけにはいかないのだ。
片付けといってもBBQコンロとか食材を入れてたタッパーや食器を段ボール箱に入れて犬走りに寄せるだけ。炭はまだ熱いし洗い物も明日で十分。焚火は今しか楽しめないので優先事項扱いです。
漸く俺の元に帰ってきた椅子を焚火が眺められるようにレイアウトを直し隣にクーラーボックスをおいてドカリと腰を下ろす。
揺らめく炎を眺めながらちょっと温くなったビールを口元へと運ぶ。つまみは燻製ナッツだ。
『パチッ』
薪が爆ぜる音と供に虫の音が秋の深まりを告げる贅沢な庭の風景を暫くは堪能しよう。
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