第85話 珍客
「えっ、どれどれ」
予想外の反応に一つ手に取りパクリ。
「ん?うーん…」
熟れ切った果物にありがちなトロリとした食感にやたらと甘いのにスモークの風味が加わりウィスキーと言えなくともないけど口の中は結構カオスな世界が広がっている。
「これはどうなんだ?有りなの?」
「美味しいじゃないですか。リーダー自分で作ったんでしょ?」
一口貰った翼ちゃんもうんうんと首を縦に振っている。
うむ、それはそうなんですけど…。
不味い!と吐き出す程では無いにしても俺には合わないようです。
何よりも食感が…。完熟したモモは好きだけど柿はちょっと苦手です。
笑い話のネタにしようと思ったら自分に帰ってくる悲劇。悪い事は考えるものじゃ無いって事ですかね。
ビールで口の中の感覚を流してから焼肉で直ぐに記憶の上書きしました。
そんなこんなで楽しく盛り上がりながら真打登場。素敵なステーキ。(オヤジ)
グリルで直火も美味しそうだけどコイツは鉄板焼きをチョイス。
しっかりと温まった鉄板の上に万能(らしい)調味料を振ったお肉をドン。
調味料は有名どころがいくつもあるけど手軽に手に入った大手スーパーのプラべートブランド品だ。これ三百円で結構いい仕事します。醤油とニンニクが十分な香りと風味を醸し出します。何より日本全国に店があるから思い立った時に気軽に手に入るのがいい。
こればっかりは熱を入れ過ぎちゃうと硬くなってせっかくのお肉を無駄にしてしまうので程よく焦げ目がついたタイミングでひっくり返す。
その横のシングルバーナーにかけたフライパンで刻んだ玉葱とおろしニンニクを炒め、醤油、みりん、砂糖、赤ワインを投入してシャリアピン風ソースを手早く作る。
肉を弄りたくなるのをジッと我慢してその時を待ち、待ちかねたその時が来たら箸で抑えた肉をシースナイフで切り分けると中はほんのり桜色だ。
調理者特権でまずは一切れパクリ。
「旨っ」
焼肉も十分美味いのだがそれとは違う肉の旨味がジュワリと口腔を満たす。
そこでこちらをじっと見つめる三対の期待に満ちた瞳に向かってウンウンと首を縦に振って許可を出すと待ってましたとばかりに箸が繰り出された。
「美味しい!」
「これソース付けた方がいいですよ」
「これが毎週食べられるなんて」
妙な事を言ってるのが約一名いるようだが聞かなかったことにしよう。毎週はやりませんから。偶にだから美味しいんです。
みんながステーキに舌鼓を打っている間に俺は燻製ゆで卵を一口齧る。
これも美味しい。いい出来だ。刻んでマヨネーズでフィリングにしたら面白い味になりそう。残ってたら朝飯に試してみよう。
他に気を取られているうちに一口サイズにカットされたアメリカンサイズのデカい肉がみるみるうちにその数を減らしていく。こりゃ皿に移す必要もなく売り切れそうだ。俺ももう一切れくらい頂きましょう。
いや女性の食欲ナメてたわ。特にリスの末裔ども。よく食べるのは知ってたけどここまでとは驚きだ。だってホットドッグ食べて、フライドチキン食べてからのこれだもの。育ち盛りの食欲とは何とも凄まじい。もっと用意しておくべきだったかな。
でもケタケタと笑う様はきっと楽しんでくれているんだろう。ならば問題なし。
美味い物を囲んで和やかな時間が笑い声と共に過ぎ、宵闇が深くなってきた頃合いに珍客は突然訪れた。
「あっ」
翼ちゃんが焚火の灯りで仄かに照らされている庭の隅の方向を突然指さす。
つられてみんなが指の指し示す方向に視線を向ける。
「「「あっ」」」
生垣の下から何かがチョコンと飛びだしている。良く見るとそれは毛むくじゃらの動物の頭の様だ。
最初はネッコかと思ったがネッコにしては鼻面が長く縁取りが黒い耳は丸い。そして目の周りから首にかけての毛だけが黒い。白い毛が見えないので多分タヌキだろう。ハクビシンなら鼻筋に一本白いラインがあるしアライグマなら耳の縁や鼻の横が白い。
タヌキは結構いろんな場所に生息してるけど臆病な性格なので人前に姿を現すのは珍しい。逆にアライグマは可愛い見た目に反して凶暴な性格なので堂々としていたりする。
まあどちらにしても野生動物はキツネのエキノコックスみたいな病原菌を持っていたりするので接触は避けたいところだ。
基本食性は雑食なので肉の焼ける匂いにでも誘われて迷い出てきたんだろう。
野生動物への餌やりが好ましくないのは承知しているがせっかく顔を出してくれたのにそのまま追い払うのもちょっと寂しい。
そこでデザート用に持ってきていたリンゴを一つ転がしてやると一旦は顔を引っ込めたものの暫くすると恐る恐る生垣から出てきて匂いを確認してから前足で器用に抑えてかじりついている。
こりゃ普通のキャンプ場よりワイルドなんじゃないかい。
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