第84話 不発

 女性陣がワチャワチャと焼き網に食材を載せていく。


 周りに時間のかかりそうな野菜を並べてから中央へ主役のお肉を置くと滴り落ちたタレが炭にあたって焦げる匂いが直ぐに周りを満たす。醤油が焦げる匂いは最強だな。


 肉をタッパーから取り出すのはトングを用意したけどその後は直箸だ。人数分のトングなんて焼肉屋じゃないんだから邪魔でしょ。


 賑やかにグリルに群がる女性陣を横目に俺は燻製の段ボール箱を開けた。


 籠っていた香りと共に現れた食材はどれも綺麗な飴色を纏っている。


 燃え残っているスモークウッドは水を張ったバケツに入れて火を消しておく。しっかり乾かせば再利用できるらしい。


 早速、缶ビールを片手にスモークチーズを手に取り一口パクリ。


 うん、美味しい。鼻に抜ける木の香りが燻液に漬けただけの市販品とは別物だ。あれはあれでお手軽なんだけどちょっと変わった味付けの醤油みたいなイメージ。化学調味料の味が強く出過ぎる気がする。チーズの種類とスモークウッドの相性もあるんだろうけど今回は問題なし。これは酒が進むわ。


「マスター、お肉焼けてますよ」


 自家製燻製を肴に一人で浸っていたら木島さんが声を掛けてくれた。気配りの出来る大人の対応ですね。既にタレの入ったシェラカップを片手に口一杯頬張ってモゴモゴさせているJK’sとは違うということだ。君達の先祖はリスか何かか?


「ああ、大丈夫だよ。気にしないで楽しんで。自分の肉は自分でしっかり焼くから」


 俺は自分で肉を育てたい派だ。そんな派閥があるか知らんけど。


 生が苦手なので自分の分はしっかりと焼きたいのだ。時間がかかるので育てている途中で「もう焼けてるよ。焦げちゃうじゃん」と攫われる事が多かったりする。それ誘拐。うちの子を返して。


 そんな訳で初期の食欲爆発期に参加するのはリスクが大きいのでみんなの食欲が少し落ち着いてから参加するのだ。因みにタイミングを逸すると酒だけ呑んで終わる事もあるので注意しましょう。その場合は酒の共はキムチとナムルです。(哀)


 チーズを堪能してから思い出したようにトライポッドに下げた鍋からスープをマグカップによそる。ホントに忘れていたのは内緒で。


「はい、スープね。熱いから気を付けて」


 鶏肉を茹でた汁に卵と刻んだネギを入れて塩コショウで味を調えただけのシンプルな物だけど口の中の肉の脂を流すには十分だろう。合わせるならこれくらい単純な方がいい。


 スープを配ったら今度は燻製ウィンナーをパクリ。おお、これも美味い。


 市販のウィンナーは大抵加熱処理済みなのでそのまま食べられる。今回の素材も袋に『加熱食肉製品』の表示がある物だ。『生でも美味しく食べられます』とも。これはキチンと確認しないと大変な事になりかねないので注意しましょう。


 今回は燻製の感じを味わいたくてそのまま口にしたけど一度焼いた方が燻製の風味は落ちるかもしれないけど皮のパリパリ感も上がるし適度に脂が落ちていいかも。それに何でも温かい方が美味しいかな。チーズも焼いてみたら美味そう。うむ、涎が。


 燻製をツマミにビールをチビチビやっていると焼肉戦争の第一波は落ち着いてきたようなので颯爽と参戦する事にする。


 えっ、ビールの御代わり?もう空けちゃったの?俺まだ半分残ってるけど。


 近づいたら即御代わりコール頂きました。木島さん結構いける口らしい。


「始めて作ってみたけど結構うまくできたみたいだから良かったら味見してみて」


 クーラーボックスから取り出した缶ビールと一緒に燻製の乗った焼き網を渡す。


 秘技ミスディレクションを繰り出し皆の注意が逸れたところで焼き網の上を整地して陣地を確保したら肉をON。何と涙ぐましい努力。(セコイだけ)


 焼ける肉を見ながら飲むビール。堪りませんな。これだけでも十分ツマミになるが食べたらもっといいツマミになる。(意味わからん)


 程よく焦げたところでシェラカップに入れた焼肉のタレを経由してパクリ。


 感想を口にする事も無く黙って破顔してしまう美味さだ。


 美味しい物を食べると笑っちゃうんだよな。


 本日のタレは青森方面では定番だというあのタレ。ニンニクが利いてパンチがあるのに後味スッキリで俺の中でも不動の地位を築いている。黄金をその名に冠するあの国民的な人気商品とは一線を画すモノだ。ウマウマ。


「リーダー、これ食べられるんですか?」


 お肉に舌鼓を打っていると三音里ちゃんが聞いてきた。その手に持つのは見事に飴色(ほぼ黒)に変色したバナナ。フフフ、罠に食い付いた様だ。


 味はともかく見た目は既に食べ物をやめてるな。食べられるのかを聞いてしまう気持ちも納得です。


「うん、(人によっては)美味しいらしいよ。食べてみなよ」


「へー(パク、モグモグ)」


 おー躊躇なくいくか!ある意味凄いな。


「うわー中トロトロ。ちょっと癖あるけど美味しい」


 あれ?


 トラップは単なるご褒美に役割を変えたようです。


 うーん、不発か。ちょっと残念。(悪人思考)






 

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