第82話 相談

「これだけ?」


「そうこれだけ。夕飯の時に味見出来るよ」


 あっという間に終わってしまったので何だか納得がいかないみたいだ。


「燻製なんてもっと大変だと思ってました。道具とか」


 真剣にやるならその通りだろう。でもこれはママゴトみたいなものだから必要にして十分かな。


「ちゃんとやるなら道具も必要かな。でもほらお試しだからね。これでも意外としっかり出来るらしいから楽しみにしておいて」


 ふっふっふっ、怪しいバナナをお召し上がりください。


「「へー」」


 二人が不思議そうに隙間から煙が漏れ出る段ボール箱を眺めている。


 チキンを齧りながらふと視線をずらすと割った薪が目に入る。


「あっ、薪棚のどの木使った?」


「えーと、薪割り器の傍の左端のをニ本使いました」


 そうだよね言い忘れてた。


「ごめん忘れてた。右端の奴も一本お願いできる。そっちは杉だから火付けはそっちの方がいいかな」


 薪棚あるのは薪ストーブ用なので大部分が椚や欅だった。広葉樹は目が詰まってずっしりと重く火持ちが良いので暖炉や薪ストーブなんかにはお薦めだ。でも火が着きにくいんですよ。


 逆に針葉樹の杉や松なんかは軽いし樹液の効果か火付きがいいから焚きつけにはこちらの方が向いている。削ったりしやすいしね。その反面燃えやすいのでマメに足してやらないといけない。焚火には向いているのでキャンプ場なんかで売ってるのは大抵こっちだ。煤が多いので煙突が詰まりやすくなったり勢いよく燃えるので急激な温度変化でストーブ本体が変形して故障の原因になったりもするので気を付けなきゃいけない。


「薪なんて何でもいいと思ってました。さすがリーダー、年の功ですね」


 そんな事を簡単に説明してあげると感心された。最後の一言は何気に堪えます。


段ボール箱コレはこのまま置いとけばいいから。燃えないようにだけ見ておいてね。じゃあ火起こし頑張ってね」


 続きもお願いしてそそくさと店へと戻ると木島さんは手持無沙汰だったのかグラスを磨いてくれていた。ちゃんと洗ってあるのでそのまま使えるのだが長く使うとどうしてもカルキやミネラルが固着して曇ってしまう。手間でも時々磨くのは意外と重要だったりする。


「お待たせ。大丈夫だった?」


「はい、大丈夫です。お客さん来ませんでした。フフフ」


「ん?何か変だった?」


「いえ、お店にお客さんが来ないのが大丈夫って変かなって」


 なるほど、確かに店としては大丈夫じゃないかも。


「そう言えば何か相談があるって言ってなかったっけ」


 エプロンを着け直しながら今朝の話を思い出して聞いてみる。


「そうでした。昨日帰りにお店に寄って修理をお願いしたら古いバイクだからもう部品が無いって言われちゃったんです。それでどうせなら新しいのに買い換えないかって。ちょっと考えるからって何もしないで帰ってきちゃったんです。お爺ちゃんに話をしたら一度マスターに相談してからにした方がいいんじゃないかって事になったんですけど…」


 やっぱりそうなったか。そんな予感はしてたんだけど。古い車やバイクを乗っていれば誰もがぶち当たる壁である。その壁のなんと厚い事か。

 確かにこの機会に乗り換えるのは有だと思う。今回直せても次の保証は無いしね。


 でも重要なエンジンや足回りは大丈夫なのにたった数千円のプラ部品の為に諦めるのは俺的に勿体なさすぎる。乗り換えるなら俺はきっと売って欲しいと言い出していた事だろう。(重症患者)


 自分で乗るならできる無茶の度合いが段違いですから。


 今の応急処置状態でも暫くは乗れるけどこのままっていう訳にもいかないか。


「あーそうなっちゃったか。確かに古いからね。ちょっと考えてみるよ。暫くは今のまま乗れるから。漏れないとは思うけどオイルの量だけはちょくちょく見てあげてね」


 オイルが切れたら焼き付き起こしてそれこそ大事だ。ガッツリ齧ればロックして吹っ飛ぶこともある。

 取り敢えず中古部品の状況でも探ってみるしかないかな。あんまり期待できないけど。


「すいません、変なお願いしちゃって。買い替えてもいいかなとも思ったんですけど思い出のあるバイクだし古いけどデザインが可愛くて好きなんです。放ったらかしにしておいて言うのもアレなんですけど」


「約束はできないけど考えてみるよ」


 胸を張って任せなさいとと言えないところが素人の限界だ。でも素人だからこそできる(やっちゃう)事もあるのだよ。


 パッと浮かんだ選択肢の第一候補は状態の良い中古部品に交換。第二が今の部品をどうにかして直す。最終手段は混合燃料仕様に変更してしまうといったとこか。


 取り敢えず家に帰ったらオークションでも漁ってみようと決めた。


「じゃあ後は三音里ちゃん達とゆっくりしてて。こっちは様子見ながら早仕舞いしてからそっち行くから」


「はい、お願いします。手が必要ならいつでも呼んでくださいね」


「ああ、ありがとう」


 庭に向かう背中を見送りながらまずは明日の仕込みを済ませてしまおうと俺は厨房へと入った。






 




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