第79話 増えた
「ありがとうございました。ああいう人苦手で」
申し訳なさそうに木島さんがお礼を言ってくる。あれが苦手じゃないのは警察くらいだろう。いくら仕事でも俺には無理だな。
「気にしない気にしない。まぁあんなのもいるからって事でいいんじゃない?それよりまだ二日目で災難だったね。俺こそ出るの遅れてゴメンね」
「そうですよ、忍さん全然悪くないじゃないですか。あいつら私がオーダー持っていった時も揶揄って来たし。ホントサイテー。出禁にしちゃいましょうよリーダー」
自分も被害を被ったらしいフロアー組の二人も寄って来た。すっかりお冠の様子だ。仕事の割り振りは木島さんがカウンターの中に居てドリンクと会計を担当しながらフロアーの二人に指示を出す感じで非常に上手く回っていた。フロアーの二人も元気だし明るいので野郎比率の高い客層には概ね好評のようだ。
「多分もう来ないよ。てか普通なら来れないだろう」
普通の神経ならもう来ないだろうから気にしなくても大丈夫だろう。でも普通の線引きが俺とは違うからあんなことを平気で言うのだろうし懲りずに又来ることは十分あり得るかな。しばらくは注意しておこう。
「それより三音里ちゃん達はそろそろ上がっても大丈夫そうだね。この後はパラパラしか来ないから。いやー助かったよ、ホント」
「えっ、もういいんですか?まだ全然働けますよ?」
どうやらもっと凄い混雑を想像していたようだ。都市部の人気店とは規模が違いますから。でもこの店じゃあ十分混んでるんです。今日もワンオペだったら多分パンクしてます。
「木島さんもいるし大丈夫だよ。一休みしたら庭で準備始めちゃっていいよ。何か食べてからにする?」
「はい、お願いします」
お腹は減っていたのだろう。二人ともニッコニコだ。俺も初めてだからタイムシフトなんて考えてなかったよ。これは考えておかなきゃな。反省。
「お庭で何かするんですか?」
木島さんが不思議そうに聞いてくる。ああ、言ってなかったな。
「今晩は庭にテント張ってキャンプする予定なんだよ。手伝いに来るならついでにキャンプもしちゃおうって話になってね。三音里ちゃん達はそっちがメインみたいになっちゃってるだ」
「へぇ〜キャンプですか。私はやったことないですけど楽しそうですね」
「木島さんも寄ってく?泊まるのはアレだろうから夕飯だけでも食べてく?食材は多目にあるから大丈夫だよ」
「えっ、いいんですか?私なんにもできませんけど…」
「ウェルカム、ウェルカム。きっと人数多い方が楽しいから」
「じゃあ少しだけお邪魔させて貰おうかな。いい?三音里ちゃん、翼ちゃん?」
「もっちろん!フフフ、不肖私めがキャンプの楽しさを教えて進ぜましょう」
三音里ちゃんが急に偉そうになってる。翼ちゃんも力強く頷いて気持ち鼻息が荒くなっている気が。
「OK、じゃあ決定だ。じゃあ休憩が終わったらテント張っちゃいなよ。今日の天気ならタープは要らないと思うけど任せる。出来たら薪割りと火起こしかな。薪は庭の隅の薪棚のやつね。マスターにはOK貰ってるから」
この家には店の薪ストーブ用に薪が確保されている。キチンと乾燥させないと虫が湧いたり煙ばっかりで大惨事になりかねないので保管の為の薪棚はマストの設備だ。庭の端で建物とは少し距離があるけど日当たりと風通しに問題は無いから乾燥にはもってこいだろう。建物の裏から棚の傍まで軽トラくらいなら回せそうなスペースもあるので補充の搬入も楽そうだ。
「了解です。任せて下さい。忍さんも一緒でいいんですか?」
人に教えるのは結局自分に帰ってくる。
自分の中できちんと整理できていないと人には教えられないからだ。
曖昧だった事柄を相手に伝わるように整理できればそれは自分の中で確固たる知識として蓄えられるだろう。
予習復習の復習だな。整理しながら繰り返す事で初めて自分の血肉になる。
その過程で勘違いしている事も見えてくる事もあるからどんどん積極的にやった方がいいと思う。
但し注意点が一つ。
自分が未熟であることを忘れない事。
教わる側は勿論だが教える側がこの気持ちを失えばただの押し付けだ。そこには楽しさはなく不満だけが残ってしまう。どちらにとっても不幸な話だ。
まあ三音里ちゃん達にはいらぬ心配だろうけど。
高野連と高校球児のような関係は勘弁してもらいたい。頑張ってる子供に野球ぐらい自由にやらせてやればいいのに。
「そうだな。混んできたら呼ぶから一緒にやってみたら?」
「「やったー。忍さん行こ行こ」」
すっかり仲良くなってるみたいで羨ましい。
俺も忍ちゃんて呼んでみようかな。(セクハラです)
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