第74話 応急処置


 一旦店に戻った俺は小屋の鍵と小皿にご飯粒を少々持って再び外へ。そのまま今度は小屋へ向かう。中の棚には雑多な道具や用品が整然と並べられているので欲しい物がすぐに見つけられる。専用のガレージってやっぱりいいな。棚からパーツクリーナーとペーパーウエス、補修用のテープを持ってバイクの傍らで待っている木島さんの元に戻る。


 荷物を置いたらまずは表面にできた黒い線に沿ってパーツクリーナーを吹きつけて表面の汚れと油分をペーパーウエスでしっかりと拭き取る。


 綺麗になった部分を見ると滲みだしてくる気配はないけどやっぱり溶接面の上の方に細い亀裂クラックが入っているみたいだ。ライトで光の角度を変えてみればもう少しハッキリしそうだけど今はないので諦める。応急処置ならそこまで神経質にならなくても大丈夫だろう。


 何度も拭き取り表面が綺麗になったら怪しい場所にご飯粒をグリグリと押し付け潰していく。潰れた米粒は隙間に入り込み複雑な形に添って乾いてカピカピになり亀裂を塞いでくれるという寸法だ。


 その上から補修用テープを溶接面に沿って縦に一枚。念のため横方向にも長めに一枚。使ったテープは霊長目ヒト科のあの動物の名を冠した丈夫なやつです。内部の膨張圧力くらいなら問題ないでしょ。


 これだけやっておけば暫くは大丈夫だろう。


 そんな事をやっていると一台の軽トラが駐車場に入って来た。


「おう忍、外で何やっとる?手伝いはちゃんと出来たのか」


 車を降りるなりそんな声を掛けてきたのは言わずと知れた弦さんだ。


「ちゃんとやったわよ。もぉお爺ちゃんは」

「ばっちりですよ。全く問題なしです」


 自分の働きを疑うような物言いに心外とばかりにちょっと膨れている木島さんの代わりに俺が答えた。


「そうか、なら良かった。ちゃんと働けよ。兄ちゃん昨日のやつ持って来たぞ」

「ありがとうございます。じゃあ降ろしますよ」


 荷台に近づくとそこにはひっくり返って置かれた黒塗りの鉄製の脚に円形の木製天板が付いたテーブルが一つと重ねられて横になった同じ色合いの椅子が四脚。


 これは昨日弦さんに話をしたガーデンテーブルセットだ。なにしろ顧問ですから。


 ホットドッグのお客さんが多かったからテイクアウトを考えていてキャンプ用の折り畳みテーブルセットでも置いてみようかと思っていると話をしたら、なら家に昔庭に置いていたガーデンテーブルが納屋で埃を被ってるからそれを使えばいいと言ってくれたのだ。


「あっ、懐かしい。昔よく庭でご飯食べた奴だ」


 木島さんに聞いたら小さい頃に夏休みや休日に庭でお昼を食べる時に使っていた物らしい。真夏に外で食べる素麺、美味いよね。

 お孫さんたちが大きくなってからは使う機会もなくなったので納屋にしまい込んで出番も無くそのままになっていたようだ。ホント田舎の納屋って何でもアリだな。場所はあるんだよ。場所だけは。


「簡単に水で流しはしたが古いからな。気になるようならそっちで掃除してくれ」

「いや十分ですよ。すいません色々やってもらっちゃって」


 確かに良く見ると所々錆が浮いてるけど割れや歪みなどはなく使うには全く問題なさそうだった。ホームセンターのプラスチック製とは違い結構良い物に見える。風合いも店のデッキに似合いそうだ。


 木島さんにも手伝ってもらって荷台から降ろすと結構な重量だった。これなら外に置いておいても風で飛ばされるような事もないだろう。


 でもこれ弦さん一人で運んだの?どれだけ元気なんだか。


「それで何で外におった?」

「今日は終わりにしたんで見送りに出たんですけどバイクの不具合見つけちゃって応急処置してたんですよ」

「そうかそれは済まんかったのう。で、直ったんか?」

「取り敢えずは。でも部品交換した方がいいんでその話をしてたんですよ」

「忍、ちゃんと言う事聞いとけ。この兄ちゃんは車のエアコンも治せるんだから言う通りにしといた方がいいぞ」

「分かってますぅー。ちゃんとこの後にハヤタまで持ってくよ」

「あそこも倅に代替わりしてからやたらと買い替えばかり勧めるようになったから変な物買わされないようにな」


 どうやらハヤタというのがバイクの修理が出来る店らしい。家の周りなら本田さんのとこみたいな店なのだろう。


「じゃあな。後は好きに使ってくれ」

「せっかくですからコーヒーでも飲んで行ってくださいよ」


 あっさりと帰ろうとするので申し訳なくてちょっと引き止めた。


「納屋の物が外に出しっ放しなんだ。片付けんと婆さんに怒られる」

「すいません。何か無理お願いしちゃったみたいで」

「ついでに整理を始めただけだ。兄ちゃんが気にする事じゃない。そろそろやらないといかんかったからな。忍も気を付けて行くんだぞ」


 そう言い残して弦さんは颯爽と帰って行った。

 ホント元気な爺さんだな。


 その後を追うかのように駐車場を出る木島さんの背中を見送ってからガーデンテーブルを入り口脇のウッドデッキへと設置していく。


 良さげな場所に設置してから改めて眺めると天板の木材もあちこちニスが剥がれ年季を感じさせる。だけどそれが却ってデッキの風合いと馴染んでいい味を醸し出している。と言うよりもずっとそこにあったかのように馴染んでいる。ここにピカピカの青や白のプラスチック製のセットを置いたら急拵え感が否めずさぞかし浮いていた事だろう。


 でもこのまま長く使う様なら少しは補修しておいた方がいいだろう。今度ホームセンターに行った時にでもニスと刷毛でも買ってこよう。紙やすりと錆止め塗料は家にあったな。そんな事を考えながら俺は店の扉に手を掛けた。



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