第72話 会話って難しい

 お客さんが食事を終え席を立つ気配を見て入口傍のレジに移動する。


 会計の時は実は少し緊張したりする。


 お金のやり取りの合間に話しかけられたりするからだ。


 大抵は食事のいい感想なので『ありがとうございます』の一言で済むことが多いのだが稀にそれ以外の事を振られる時もある。


 基本的に好意をもって話しかけてくれるのでトラブルになる要素は少ないのだが初対面の人との会話は気を使う物だ。相手の基本情報が無いのだから何処に地雷が埋まっているか分からない。


 そうなると人見知りとまでは言わないけれどコミュ力オバケな訳でもない俺としての返答は嘘とまでは言わないけど当たり障りのないように暈した曖昧な返答になってしまう事が多くてちょっとモヤモヤしたりもする。


 もっと自分に自信があれば堂々としていられたりするんだろうかとか、もう少し慣れてくれば楽しめるのだろうかとか考えたりする。

 こればかりは性分なので変わらない気もするけど。


 この日の最初のお客さんもそんな風に気軽に話しかけてくれる人だった。俺より若いだろうに大したものだ。


「ホットドッグ美味しかったです。前の国道は良く通るのにここに店があるなんて知りませんでしたよ」


「ありがとうございます。今日はどうしてウチに?」


「SNSで偶々見つけて寄ってみたくなったんですよ。調べたらたまに通ってる道だし休みに散歩がてら行ってみようかって事になって。バイクで来ようと思ってたんですけど一昨日こいつがコケちゃって急遽ドライブに変更ですよ」

「煩えな。恥ずい事言いふらすなよ」


 不満そうにそう言う後ろに立つ連れの男性を見ると髪をかき上げる左腕の袖口から包帯がチラリと見える。


「それは大変でしたね。でも大怪我にならなくて良かったですね」


「本人は打撲と擦り傷で済んだんですけどバイクがガードレールまで滑っちゃってご臨終ですよ。格好つけてスライダーなんか付けるからバイクは止まんないでガッシャーン」

「いいだろ、カッコイイんだから」


 エンジンスライダーは最近流行りのバイク装備の一つだろう。転倒時に車体を護るには昔からエンジンガードと言う物がある。これは教習所のバイクなんかで見かけるエンジン横にはみ出したゴツイパイプのあれだ。


 これは転倒時の車体へのダメージを軽減できるのだがとにかく見た目がゴツイ。そして見た目通りに重い。見た目を気にする層からは敬遠される装備だった。


 そこに登場したのが形や色、素材が選べるスタイリッシュなスライダーだ。


 エンジンガード程の堅牢さは無いものの車体を滑らせる事で転倒後に車体が縦方向に回転するリスクを軽減しながらダメージを逃がしてくれる。発祥がレースシーンだからフルカウルのSSにも無理なく装着可能だ。


 でもよく考えて欲しい。滑っていく先には何があるのかを。

 サーキットなら滑っていく先にあるのはグラベルのエスケープゾーンだ。そこは十分な広さが確保され、人がいたとしても精々マーシャルだ。しかもちゃんとタイヤバリアに隠れている。


 それが一般道でならどうだろう。歩道であったり交差点であったり。


 今迄ならステップやクランクケースが路面との抵抗となって止まっていたかもしれない車体が抵抗が軽減されたお陰ではるか先までグングンと滑っていくのだ。いってしまうのだ。


 ステップやフォークが引っ掛かって空中大回転なんてのは非常識なレーススピードだからこそあり得る事で一般道で常識的に走る分には必要のない心配だ。


 ならば心配すべきは転倒により引き起こされるであろう二次被害ではないだろうか。


 転倒したのは自己責任。でも巻き込みはダメ。だからスライダーはあんまり好きじゃありません。


 立ちゴケ?

 自分のマヌケさを笑ってもらえばいいだけです。

 修理代は授業料です。

 これを機にレバー交換やカウル交換を覚えてみてはいかがでしょうか。


 因みにガードレールは想像以上にお高いです。


「表のバイクはマスターのですか?見た事ない車種ですけどデカールからするとスズキですか?」


「ええ、古いんですけどね。スズキのグースっていうもう三十年も前のバイクですよ」


「うわ、俺より長生きだった。スッキリしててカッコいいから今でも全然いけそうですね。ピカピカだし。この辺は道も気持ちいから今度はバイクで来ますよ」


「ええ、その時はまた寄ってください。いつも空いてますから」


「はい、是非。じゃあご馳走様でした」


「はい、ありがとうございました」


 ちょっとヤンチャそうな雰囲気だったから警戒したけどいい人でした。

 またのご来店をお待ち申し上げます。


「ナポリタンとカレーお願いします。ドリンクはアイスコーヒー二つなんで私準備します」


 そんな会話をしてる間にちょっと前にご来店の二組目のオーダーを木島さんが取ってくれた。


「了解。お願いね」


「はい」


 返事をしながらその手には既にグラスを持っている。

 うん、優秀優秀。

 これならもっと混んでも何とかできそうだ。




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